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2010年3月

「空豆とメダカ」(o^-^o)

  A11珍念のひとりごと です。

空豆をたくさん頂いた。さやをひねってみると簡単に

開き、白い綿毛の上に鮮やかな黄緑色の大きな豆が

三つきれいに並んでいた。突然、本棚の隅に追いやられた

絵本を思い出した。空豆、枝豆、さやえんどう、ピーナツが

友達になったメダカを助ける物語。長男が幼稚園児の時に

出会った本だ。

 さわやかな色合いの絵と優しい気持ちになれるストーリーに

私のほうが夢中になり、三つ違いの次男にもよく読み聞かせた。

▼そして今、次男が学校から持ち帰ったメダカを飼っている。

空豆にメダカ。なんだか不思議な偶然だ。

下校した長男に空豆を見せ、絵本のことを尋ねると「覚えて

いるよ」と短く答えた。次男はさやの中の白い綿毛に触ってにん

まりしながら「本当にふあふあだね」と言った。絵本の中には

「ふあふあのベット」というフレーズが出てくる。

次男をベビーカーに乗せ、長男の手を引いていたころ「早く大きく

なって」と願っていたが、今は彼らの成長のスピードに戸惑うばか

り。中三の長男は反抗期だ。今夜は一人で絵本を読もう。

少し声をだして。 コラム「紅皿」主婦・大木みゆき・さん 引用

読者の皆さま 「珍念」 のコメントは{蛇足です}・・こっそり退散

します。 (#^.^#)

「思春期の心に響いた一冊」(*^_^*)

  A11珍念のひとりごと です!

◆「ねむりひめ」・絵{フェリスクス・ホフマン}・訳(せたていじ)

娘がこの絵本に出会ったのは小学五年生のころです。初めて

見たとき、なんて美しい絵だろうとおもったのよ」と、成人してから

話してくれたことがありました。最近そのことを思い出し「ねむり

ひめ」を五年生のお話会で読んでいます。

◆一学年百人近い人数の時もありましたが、それまで少しざわ

ついていても、読み始めると、読み手の私が圧倒されるほど、

しーんと聞き入っています。しっかりしたお話の構成、ホフマンの

格調高い絵が、子どもの心をひきつけているのでしよう。

◆子どもたちの感想文の中で、思いがけなかったのは、何人もの

男の子が「一番印象に残った絵本は(ねむりひめ)」と書いていた

ことです。

五年生は思春期の入り口で、異性に関心を持ち始めるとき。

子どもの成長にあった本を選ぶ楽しみを、実感した一冊です。

(熊本子どもの本の研究会・横田幸子さん) 引用

珍念も子どものときのように、純粋な心になりたいです。

家は貧乏でしたが、いろいろの本を読んで貰って夢が広がり

ました。・・子供と大人が絵本を通してふれあい、そこから多くの

ことばや文化を知る。そんなゆとりのある平和な社会が続くよう

に「珍念」願っています。 (#^.^#)

「自分の欠点を自戒する」 ( ..)φメモメモ

   A11 珍念のひとりごと です。

「10分ぐらいの為になるお話」を宜しくお願いします。と

ある日、友人から誕生パーテイの案内状がきました。

う・・ん 弱りました。そのことで 悩み、随分髪の毛が抜けました。

先ほど無事に終えることが出来ました。次のようにるる述べました。

珍念・・人なっこい顔をしていますが、言葉は、一言いっも

多いです。 言った後いっも 後悔しています。 (*_*;

「言葉は魂の響きである・・とイギリスの詩人ワーズ・ワースは言っている。

わが国ではこれを昔から”ことだま”(言霊)という。

 人の魂を伝える言葉は過去・現在・未来永劫に消滅することなく、また

そこに人間がいる限り地球上のあらゆる空間にこだまする。たまたま

戦国時代に生きた名将たちのことだまは、時間と空間を超越して今も

私たちに語りかけていますが!

○ 戦国時代の名将「武田信玄」は(人は城、人は石垣)・・石垣は

さまざま大きさと形をした石を巧みに組み合わせて、長短相補う

釣合をとったのが、人使い名人信玄の急所であったと、名将言行録

は伝えているが、人それぞれの特性の見極め方、使い方については

次のような逸話がある。

○岩間大蔵佐衛衛門は生まれつき臆病もので、合戦があるとひきつけ

を起こして、血生臭いことに出会ったことがなかった。家臣から「いっそ

追放しますか」と上申された信玄は「まて、まて」と抑えた。ある合戦の

ときに勇ましい名馬に岩間をくくりつけて、敵中に追い込んでみたが

乗り手の心を知っている馬は途中でUターンして味方の陣に戻ってきた。

そこで、もう一思案した信玄は、岩間に家中の隠し目付けを命じ

「家中の者の悪事をつぶさに内偵して、遠慮せず余に報告せよ。もしも

お前が聞いていて、知らせなかったことがあとで露見したら、打ち首だぞ」

と言い渡した。

 臆病者の岩間は打ち首を恐れて、せっせと家中の悪事を探索しては

信玄に報告し、綱紀粛正に役立ったということである。

○比田武衛門というさりげない浪人が、仕管を望んで来たのに武者奉行

が面接して、「貴殿、いつどこの戦でどのような武攻を上げられたか?

得手の武芸は何か?」と質問したら、比田は自分の短所だけいくつか

語って武功は言わなかった。奉行に取りついた家臣が面目を失って腹を

立て、「貴殿、このような場では自身の武勇を述べるのが世のならいで

ござろう。そのようなことばかり申されては、殿はお召抱えになりますまい」

となじると、比田は、「いえ、他家の主ならそうかもしれませんが、信言公

は違うと思います」というので、奉行はありのままの報告をすると、信玄は

「なに、自分の短所だけ言ったのか?その者相当の器量者ぞ、召抱えよ」

と裁断した。果して武右衛門は、その後の合戦のつど目覚ましい働きを

見せて、“武田の鬼右衛門”と異名された。と名将言行録は伝えている。

中国の古語に ●人の短を言うなかれ、己の長を説くことなかれ(雀瑗)

という 「人は自分の欠点を直すことを修行の第一と心得よ」と「石清水

寺物語」の美学の進めでも言っている。

愚か者の珍念恥じています 。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

口はわざわいのもと (*^^)v

   A11珍念のひとりごと です。

今日は、朝から、雨が降って肌寒い一日でした。

珍念の自宅の窓から朝靄に浮かんだ八重桜が見え

しばし、もの思いに耽っていました。 ふと

赤穂藩主の浅野長矩の 「風さそふ 花よりもなほ 我はまた

春の名残をいかにとやせん」という辞世の句が思い浮んできました。

珍念・・時々・・とっぴな、考えが・・走馬灯のように浮んできます。

相変わらず 灰色の脳細胞からは、幼稚な考えの類しかでませんです。

出るのは・・おしゃべり だけ 無尽蔵にでます。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

○綸言汗のごとし・・という諺が中国の[漢書」にあります。

倫言は「天下の言葉」それは「一旦、体から出たら、元には戻らない」汗と

同じようなものだという意味だが、ことは天下に限らない。

西洋の格言では「放たれた言葉は再び帰らず」(ローマの詩人ホラティウス)

「言葉をもて人は獣に優る。正しく話さざれば、獣なんじに優るでし」

(ベルシャの詩人サーディ)といい、わが国では「口は災いのもと」という

通り、言葉は、人類が発明した社会生活の最も便利な道具である

半面、人は言葉によって他人を傷つけ、自分への恨みを買う場合も

多い両刃の剣である。

○身分の高い人に対しては、たとえ自分のほうが正論であっても、声

高に言ってはならぬ。 古語にも「多言は身を害う」という。

かつて三菱銀行のトップマンとなった田実渉氏は、次のように語っている。

「私が丸ビルの支店次長のころの頭取に高木健吉さんといって、酒も

煙草ものまない堅い人がいた。その頭取に私が酒造組合に四千万円貸し

たい稟議書を出す時、小笠原光雄常務(のち頭取)は「酒造組合の話を

してきなさい。頭取と議論しても最後は負けなさい。決して勝っちやいけ

ませんよ」と教えてくれた。そのとうり私は酒のだいじな事を説明して

「そんなところに貸すなどもってのほかだ」と叱られて引き下がったが

三・四・日 後、綸議はOKがおりた」・・・ ( ..)φメモメモ

あ・・閻魔さまから・・叱られる・・・減らず口を閉じます。 (;一_一)

不動の一点を持とう (*^_^*)

 A11 珍念のひとりごと です!

「刀はいらない。ばかばかしい、刀は売ってしまえと決断」

福沢諭吉は「福翁自伝」に記している。時は幕末。鎖国を主張

する攘夷の時代。茶坊主まで長い脇差しをさすほど、剣術が

大流行した。

 付和雷同することなく、刀を売り払い、形ばかりの大小をさして

いた諭吉。自立した国づくりは、まずは個人が自立してこそ、との

信念が見て取れる。だからこそ,日本人の眼を世界へと開く先駆者

となった。

 日蓮大聖人は、時流に流される日本人の精神風土を破折して

おられる。当時の念仏宗についても、簡単にできるために、正邪

を考えることもなく、我も我もと時流に乗って広まってしまったと。

 「法華最大一」と経文に明らかなのに、他の教えの方が勝れて

いるとする邪義が横行した世の中。大聖人は「数の多いほうに

従うべきか。(いや、従うべきではなく)これらは、ただ、狂った人間が

多く集まっただけのことだ」と手厳しい。

 「負けるなよ。断じて勝ちゆけ。富士見つめ」と池田名誉会長は

若き友にに贈った。 世間は移ろいやすい。不動の”一点”を胸に

生きてこそ、確固たる自分を築く事が出来る。その人に、不動の

幸福、不動の勝利は約束される。 コラム(名字の言)引用

☆「何ぞ強ちに少なきを・おろかにして多きを詮とするや・土沙は多

けれども米穀は稀なり・木皮は充満すれども布絹は些少なり・汝只

正理を以て前とすべし・別して人の多きを以て本とすることなかれ」と

 ”数が多いほうが正しい” と かたくなに思い込んでいるものを、日蓮

大聖人は明快な譬をもって批判されている。”土や砂は多いではないか。

それに比べて、米や穀類はわずかではないか。木の皮はどこにでも見か

けるのに、布や絹はわずかではないか・・。と

☆「多い」ものと「少ない」ものの例をあげ、どちらに価値があるのか、と!

しかも、このお手紙の直前の個所でも「多い」「少ない」の譬を示されて

います。麒麟や鸞鳳(ともに聖人が表れて政治が行われる時に出現する

とされる)は極めてすくない。

牛や羊、烏や鳩は非常に多い。麒麟を捨てて牛を取り、鸞鳳を捨てて

烏や鳩を取るべきだろうか。ダイヤモンド(金剛)や宝珠(摩尼)は些少

である。 瓦のかけらや石ころは非常に多い。多いからといって、ダイヤ

モンドや宝珠を捨てて、瓦や石ころを取るのか・・・・。

☆道理をもってみれば、{多いほうが正しい}という考えの愚かさが浮き

彫りになるのです。

 結論として大聖人は、人数が多いことが判断の基準とはならない。と強く

訴えられています。

読者の皆さま・・筆者もですが・思い込みがしらず、しらず 身に染みて

いる可能性があるやに思います。

▼ 果物のビワですが・・ビワの実には、種がふつう5・6個。多いものは

7・8個入っています種の入る室は5つあって1部屋2個 最大10個 種が

入るほど果実は大きくなる。種の大きさにびっくりして食べる部分が少ない

と思う人が多いですが。実は・バナナよりも同じ重量で比べたら・あら不思議

可食部・・果実の食べられる部分は「ビワ。69・5%」「バナナ。65%」 (^^♪

珍念・・バナナの方が食べられる部分が多いと思っていました。( ^^) _旦~~

そうそう・・きりんの首はなぜ長い・・? 今までの説ですと高い所の葉っぱ

を食べられるように首が長く進化したと教えられていました・事実そうだと

信じていましたが、最近・・あ・・・っと驚く新事実が判明しました。

その 事実とは・・・さぁ なんでしようかぁ?

あ・・おしゃべりが・すぎました・・嫌われますので こっそり きえます・・!

「お母さんの夢」 (*^_^*)

   A11 珍念のひとりごと です!

「お母さんの夢」という 小学一年生の作文を読んだ。母に小さい

ころ何になりたかったかを聞く場面から始まる。

☆ 「いろいろなものになりたかったよ」と答える母は、クリーニング

店の仕事に興味をもち、遠足でバスガイドにあこがれ、食事に行くと

ウエートレスになりたいと思った。そんな子ども心を、率直に伝えていく。

子どもは「お母さんの夢は、かなわなかったんだね」と。しかし、母は

全部かなったという。家族の洗濯物にアイロンをかけ、夫が運転する

車ではガイド役、家族の食事を出す時はウエートレス・・その答えに

子どもは「大人っていいなあ」と結ぶ。

☆お母さんの夢はかなわなかったと思った子どもの気持ちが、母のふ

っくらした言葉ひとつで、こうも変わる。何気ない日常を、いっも瑞々しい

感性で前向きに受け止めていくことの大切さを痛感した。

ひとつの出来事や言葉をどう受け止めていけば、自身の前進のエネル

ギーになるのか。日常会話を、その”練習問題”と考えると楽しくなる。

☆すべてを前向きにとらえるのが仏法者の生き方。縁するする人すべて

に。振る舞いを通して”生き方の見本”を示せる自分でありたい。

コラム(名字の言)引用

読者の皆さま・・珍念も・・執筆者のように振る舞いたいです。

恥ずかしいですが、減らず口だけは、達者です (-_-;)

でも・・心は、まだ ちょつと、狭いです 何気ない一言を聞いて心が

後ろ向きになる事があります。 どんなに親しい間柄でもプライペート

に係ることを(事実であっても、本人が触れて貰いたくないもの)を軽い

気持ちで人前で言っていられる本人の 無神経ぶりを疑いますが!

一例をあげると結婚は2度目ですね・・。生き別れですか。病死でっか?

お子さんは?。珍念いいえ5回目です。と\( ^∇^)/θ☆ わ~い

不肖 珍念 いったい この人は・・呆れて・・・うぅうう 珍念も同類かも

しれませんです。 (;一_一)

☆ある日・孔子の高弟 子貢は己の慢心を反省し改めて謙虚にたずねた..

「何か一言、人が一生、努力しなくてはならないような言葉

はないでしょうか」

「それは、(思いやり)の気持ちだろう。自分のして欲しくないことは

他人に対してもしてはならぬ」と(夫れ恕か。己の浴せざる所

人に施す勿れ)論語}  

珍念 今宵も 深く深く 懺悔します 精進がたりませんです!

負け犬の遠吠え

  A11 珍念のひとりごと です!

「どんなに美人でも、仕事ができても{30代以上・未婚・子ナシ

は女の負け犬}と人気エッセイストが断言!オジサン雑誌でも

大々的に取り上げられる。(2003年刊) 「著者・酒井順子氏」

☆雑誌やテレビで「勝ち犬・負け犬論争」を引き起こした本書。

どんなに美人で仕事ができても「30代、未婚、子ナシ」を「負け犬」

と定義し、その生態を自虐ユーモァを交えてつづった軽快なエッセイだ。

☆実はこの本「専業主婦対独身キャリアウーマン」という大昔から繰り

返されてきた戦いに終止符を打つ・・キャリア側が鷹揚に「負け」を受け

入れる、という構造なのだが、世間では「負け犬」というキャッチ」-な

単語だけが独り歩きし、その結果あらゆるメス犬「女性」の闘争本能を

あおることになったのだ。」

☆さて、なぜ「30代・未婚・子ナシ」が負け犬で「既婚・子アリ」の主婦が

勝ち犬なのか?著者によればその最も大きな理由は、負け犬が出産

という生産活動を行っていないからだという。 ( ..)φメモメモ

勝ち犬は出産によって、子供=日本国民を生みだしている。(有機物の

生産)一方、負け犬は労働して税金を納めること(無機物の生産)と、消費

活動(内需拡大)という”経済社会の一員”としての働きしかしていない。

この生産活動のスケールの違いが、勝ち犬と負け犬の大きな差なのである。

☆負け犬の基本的性格は、好奇心が強くて楽天的。主に都市部に数多く

生息し、(田舎は負け犬に厳しい)ファッションも垢抜けしてセンスがいい。

気楽な独り身を楽しみつつも、心の片隅で孤独を嘆くという矛盾した乙女心

を持っている。そのうえ経済力や自立心、向上心もそこそこあるので、なんでも

一人でやろうとする(しかし実際ににできてしまう)ため、世の男たちからみると

「可愛くない」存在。

☆対する勝ち犬の性格は負け犬と真逆のもの。守るものの(家族・子供)が

あるので行動は慎重で、「家}を背負つているので立ちい振る舞いが大人

びている。とくに負け犬との決定的な違いは、男の前で自然に「可愛い女」

として振る舞えることだ。負け犬からは媚びにしか見えない

行為だが、処世術としてはこちらが正解である。

☆さらに負け犬特有の行動として「子育てにかわる情熱を歌舞伎や着物と

いった伝統芸能につぎ込む」「やたらとセックスの自慢話をする」などをあげ

その独特のイタイ雰囲気を「未婚女の体の中から生腐りするイヤーナ汗が

出てくる。略してイヤ汗」と名付けた。

☆そして、かつて負け犬の代表格だった土井たか子をはじめとする、社民党

女性議員たちの衰退ぶりを嘆いた後、負け犬世界のキラ星は{本書発刊時

には独身だった}サーヤこと紀宮様であると言い切った。

☆著者は30代になってから、「子供がいて、本当に良かったと思うの、あなた

も絶対に産んだ方がいいと思うわ!」と言われることが多くなり、その人が

幸せな子育て中であることを素直に喜びながらも、ふと思うのだ。

「この人は、どうして全くテレルそぶりを見せず、自分の生き方を他人に

も勧めることができるのであろうか・・・」

自分を含めた負け犬たちのダメっぷりを認めながら、世間のこうした善良な

鈍感さに疑問を抱く著者。実はこれが、本書の核心部分であると思うのだが。

珍念の周りにも30代・40代の独身の女性が親と同居して優雅に(見えて)

暮らしていられる方が数多く見受けられますが・・ある意味で、心配です。

ある知事が親が裕福だから子供が安易に脛をかじるようだ。と嘆いていました

さも・・あらんと筆者も同感です。あ・・負け犬の方から噛みっかれる・・('_')

☆(負け犬とその親が会食している姿は少子高齢化社会の縮図で活気が

ない)「未婚女を殺すに刃物はいらぬ、あなたは女として幸せじゃないと言え

ば良い」など、これまで見て見ぬフリをしてきた(してもらってきた)事実が

淡々と書かれている所が面白い。

自己正当化に頑張るわけでもなく、とくに卑屈になるわけでもない突き放した

文章は、単純に笑えるエッセイとして読み応えがある。やっぱり負け犬には

なりたくない? { 参考文献 第三文明社}

著者も「負け犬」組 というところにミソがある。

あ・・調子にのって減らず口を叩きました・・読者の皆さまに嫌われる・・・

急いで退散します (@_@;)  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

産んでくれてありがとう (*^_^*)

    A11 珍念のひとりごと です!

子宮がんと診断された婦人。不安で、心が張り裂けそうな中

娘から手紙が。

「お母さん大好きです。私のために働いてくれてありがとう。私は

お母さんを守ります。お母さん死なないで下さい。お願いします。

私を産んでくれてありがとう」

☆弱気な心に衝撃が走った。娘はダウン症。重度の障害があった。

今まで母娘で乗り越えてきた幾多の苦闘が思い返された。そうだ。

この子のために、私は絶対に生き抜く・・・。懸命に祈った。手術は

成功し、元気な体に。たった一言の言葉でもいい。感謝の思いを言葉

や行動で表していく。それが、相手の心を揺り動かす。「ささいなことでも

娘は(ありがとう)と。周囲の雰囲気も温かくなりました。娘が教えてくれた

感謝の心は、私の人生の宝です」と婦人。

☆松下幸之助氏は、池田名誉会長との往復書簡集{人生問答}で述べて

いる。「心の豊かさというものはいろいろあるが、やはり恩を知るということ

が一番心を豊かにするものではないか」と

☆仏法では智恩・報恩を説く。感謝の心が光る人は、生き生きと輝いて

いる。周囲も明るくする。自分を支え育んでくれる。すべての人への

「報恩感謝」の一念をもち、人生を美しく、豊かなものにしていきたい。

コラム 名字の言 引用

( ^^) _旦~~ 珍念 たった「一言が相手の心を揺り動かす」・その一言が

つぃ 逆に相手の方に伝わらず・・誤解を与えることが まま あります。

今日も 珍念・・おしゃべり・で・自己嫌悪に・・(*_*; まだ まだ 修行が

足りませんです。 反省しています あ・・ゲーテから偽善者と糾弾

される・・ぅうう (-_-)/~~~ピシー!ピシー! もう退散します。

アホでマヌケなアメリカ白人

  A11 珍念のひとりごと です!

読者の皆さま.。おどろ おぞましい「タイトル」ですが、お気に

障ったらお許し下さい。「マイケル・ムーワ(著) 松田和也(訳)」

内容に賛否はあるが、「輝く自由の国」が実はトンデモない国で

もあることを知らしめた功績は間違いなく大きい。作者の過激な

言動とともにデブキャラぶりも注目をあっめた。

☆ドキュメンタリー映画「華氏911」で、監督としても世界的に

有名になったマイケル・ムーアの出世作。現役大統領に真っ向から

ケンカを売った。なかなか勇ましい一冊である。

☆ムーアによれば、まず、ジヨージ・プッジユは大統領選挙でイカサマ

で勝ったので、そもそも「大統領」ですらない。逮捕歴も3回あるし、どう

やら”失続症”らしい。そんな人物に、世界の富の4分の1を独占する

大国の大統領が務まるのだろうか。

☆しかし、ブッシュはけっこうおちやめな叔父さんだ。子供のころ大好き

だった本は」「はらペこあおむし」だったと発言したが、この本はブッシュ

がハタチ過ぎてから版行されたもの。また、英国の子供に「ホワイトハウス

ってどんなところですか」と聞かれたときは「白いよ」と子供の目線に立った

返答をしている。「私の弟ジエブは、偉大なるテキサス州知事です」と発言

したとき、ジエブはフロリダ州知事だったし、肝心のテキサス州知事はジー

ヨージ・ブッシュ自身だったのである。

☆ちょっと忘れっぽくて、頭に浮かんだことはなんでもそのまま口にして

しまうブッシュ。しかし、2001年9月11日の同時多発テロのわずか2カ月

後、大統領就任1年を振り返って「でも、すべてひっくるめて、ローラと私に

とっては信じられないほど素晴らしい一年だった」と言ったときは、アメリカ

中がびっくりした。あの事件をひっくるめてしまうのか?

☆テロ後、航空機テロを警戒して、機内持ち込み禁止品はますます厳しく

なった。爪切り、網み棒などまで禁止になったことは、日本でも話題に。

しかし、不思議なことにマッチ、ライターは禁止品の中に含まれていない。

実際2001年12月には、自分の靴に仕込んだブラスチック爆弾に、持ち

込んだマッチで火をつけようとしていた男が寸前のところで身柄を拘束

されている。あわや大惨事。なのにこの事件のあともマッチ、ライターは

持ちこみOK。でもアメリカ上空を飛ぶ飛行機はすべて禁煙。

☆だったらマッチやライターを禁止品リストに入れるのは当然のように

思われるが、タバコ業界がブッシュ政権に圧力をかけ、禁止リストから外さ

せたのだ。喫煙者が飛行機を降りたらすぐに一服できるように、という温か

い配慮だ。

☆マイカル・ムーアは大統領だけでなく、同胞・アメリカ白人もハデに非難

している。アメリカには小学四年生レベル以上の読み書きができない人間

が4400万人いるし、アメリカ成人が読書する時間は年間99時間・・・(;一_一)

知的レベルが心配だ。地球の温暖化を認めず、地球温暖化防止条約にも

先進国で唯一、調印拒否。今日も大勢でオゾン層をせっせと破壊してくれて

いる。精子バンクと軽量の脚立があれば、人類にとって男はもう不必要な

存在だと悲壮感もたっぶり。

☆しかし、もっとマヌケでおめでたいのは、そんな「アメリカ白人」にしっぽを

ふってキャンキャンついていく日本人かも、と笑って読みながらも、あれこ

れ考えた読者も多かったのではないだろうか。

読者の皆さま・・史上最大のイカサマ博打?。の感想は・・・( ^^) _旦~~

珍念・・思わず腕を組んで う・・ん と 呟きました。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

あ・・妻が「愛犬が散歩に行こうと言っていますよ」・・は~い と やっばり

妻には抵抗できませんです・・・何しろ財布の紐を握っていますから!

今日も 減らず口を・・もう 退散します。 (*^_^*)

葉っぱのフレディ・・いのちの旅

  A11 珍念のひとりごと です!

読者の皆さま 今日は大人の童話です。レオ・バスカーリア(著)

作者は哲学者。葉っぱの一生に人生を投影した名作絵本です。

森繁久弥の朗読CDなど関連グッズも大好評! お坊さんからは

法事の席の説法で使用できる本として重宝されているそうです。

☆春、葉っぱのフレディは太い枝に生まれた。周囲には同じ葉っぱ

仲間のアルフレット、ベン、女の子のクレア、物知りの親友、ダニエル

夏になるとフレディたちに自我が芽生え、身体も大人の葉っぱになった。

友だちとたくさん遊び、時には人間たちのために木陰をつくり、そよ風

を起こした。

☆楽しい日々はあっという間に過ぎ、10月・・冬の到来である。緑だった

葉っぱたちは、一斉に紅葉していった。同じ木から生まれたのに、一人

ひとり違う色だ。ほどなくして、木枯らしがフレディたちを襲った。

「さむいよう」「こわいよう」とおびえながら、仲間は次々に大地に落ちて

いった。「引っ越し=冬」の季節が来たのだった。

☆フレットもベンもクレアも「引っ越し」してしまい、ついにダニエルと

フレディの二人きりになった。死の恐怖、春に生まれて冬に死ぬ葉っぱ

の運命に苦悩するフレディに、ダニエルは「いのち」を教える。その日の

夕暮れ、ついにフレディも「引っ越し」をしていった。

☆初雪の翌日、ついにフレディも「引っ越し」をした。風に乗り、ゆっくりと

枝をはなれたフレディは、痛さも怖さも感じなかった。「引っ越し」先の大地

は、意外にも温かく、優しくフレディを迎え入れてくれた。フレディは初めて

「木」全体を観た。大きくて、がっしりした立派な木。そしてフレディはゆっくり

と眠りについた。

☆雪が溶けだすとフレディたちの体は分解され、木々を作る栄養素になる。

こうして命は変化し、形を変えながら続いてゆくのである。

そして、また春が巡ってくる。 参考文献 {目からウロコの編集部}

☆世は「飽食時代」「余暇時代」であり、「シラケの時代」でもあり、また

「エゴと無責任の時代」である等といわれている。すべてにわたり、放縦

の風潮が横溢しているのが現状といえる。

人間の生き方は人それぞれであり、それはそれで良いと私は思う。

ただ、長い人生を生きていくことを考えれば、無為の生涯ほど虚しい

ものはない。

☆涅槃経には、「人命の留まらざることは山水にも過ぎたり今日存すと

雖も明日保ち難し」とある。すなわち人間の命というものは、山の水が

サーッと勢いよく流れ落ちていくにもまして、またたく間に過ぎていくもので

ある。きょうは無事であっても、明日の安穏は誰も保証してはくれない。

また麻耶経の一節には、人生の歩みを「歩歩死地に近く」と説いてある。

一日一日、一歩一歩、死に近づいていくのが人生の実相であるという

のである。

☆更に法華経にも、「三界は安きこと無し猶火宅の如し衆苦充満して

甚だ怖畏すべし」との有名な経文がある。三界とは、簡単にいえば

凡夫の住むこの現実の世界である。そこは火災で燃える家のように

煩悩が盛んに燃え、もろもろの苦しみでいっぱいであるという。

この一節のように、まことに人生には悩みがつきないものだ。

子供の事、家庭の事、職場の事、考えれば一切が悩みで充満している

といってよい。

☆それでは、こうした無常にして苦しき煩悩に汚れ、束縛された人生を

どのように崩れざる「常楽我浄」という幸福の方向に転換していけるか。

すなわち、いかにして人生、生命への悲観主義を超克し、正しき法則と

人生観にのっとった、力強き楽観主義で生き抜いていけるのか。

その”暗”から”明”への転換こそ人生の最大事なのであり、私が、永遠の

生命観に立脚した仏法を信じ実践するゆえんもそこにありますが!

無常から常住の世界への転換・・・それこそ有史以来、人類が追求した

最大の課題といってよい。

☆仏法には(桜梅桃李)「おうばいとうり」の原理といわれるものがある。

例えば梅の花がある。そこまでやってきた春に先駆けて

凜とした気品高き花を咲かせきっている。やがて桜開く

季節となる。この桜も己自身を見事に咲かせきっていく。

桃も李も同じである。それと同じく人間も、自己の生命を

満開に咲かせきっていかねばならない。

いや、咲かせうるだけの力が生命に内在しているのだ。

それをもたらす力は何か。それは自己自身の「使命」と

「責任」への深き自覚なのである。本源的な「法則」にのっとり

ながら、自分でなくてはならない使命と責任に生ききっていく

人は、梅や桜が常に懸命に咲き香っていくのと同じく、自身

の生命を常に拡大していく。そして人生を最大限に生ききった

という誇りと満足と充実をかちえていくことができる。

いかなる人であれ、この世に何らかの使命をもって生まれ出た

尊極の人である。そしてその使命は、他との相対的世界に

生きるのではなく、己と戦い、己に打ち勝ち、己自身に生き抜く

なかに実現されるものである。

人生の一切は自己の生命現象の発露であり、自己の生命の

反英である。他に生きるものではない。「自らの命に生きよ」と

私の恩師・戸田先生はよく言われたが、その一言は人生の

究極を示す深さと重みを持っている。

「池田大作・私の人間学」 引用

珍念・・またまた なが・・・い 長い  (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

今宵も 減らず口は絶好調です。ありり・閻魔さまから二枚舌を抜かれる!

もう・・急いで消えます !(^^)!

「言わずにはおれない」( ^^) _旦~~

    A11 珍念のひとりごと です!

先日、お会いした大学時代の恩師が語っていた。

「今の日本には確固たる柱がない。(日蓮大聖人の)立正

安国こそ、世界に誇るべき哲学だ。今、その精神を現代に

蘇らせている創価学会の、君たち青年に頑張ってもらいたい」と

★約半世紀も前のこと。元教授が、当時、大手新聞社の記者だった

頃、依頼されて学会の会合で講演。その時、若き日の池田名誉会長

に出会った。挨拶に立った名誉会長が「立正安国論」を通し、烈々

たる気迫で”民衆の幸福のため、世界平和のために、青年の熱と

力で社会を変革していこう”と。

「当時は日々の生活さえやっとという時代。なのに、これほどまでに

真剣に日本の未来を考え、民衆のことを思う青年がいるのか」と

感銘したという。

★名誉会長との出会いは当時の2回だけ。だが、50年たった今も

鮮明に覚えており、大きな影響を受けたと語る。元教授。名誉会長

の一度の出会い、一回の対話にかける”真剣勝負”のすさまじさを

見た思いがした。

「立正安国論」に(言わずんばある可からず)と。民衆の苦悩を目にし

て、大聖人は“言わずにおれない”との思いであられた。正しいことを

厳然と言い切る勇気・・・真剣勝負の語らいで、「民衆の世紀」を

開こう。コラム 名字の言 引用

★凡愚の珍念・・名誉会長と20代のとき3回お会いし激励を受けた

ことが、昨日のように鮮明に覚えています・・恥ずかしいですが

まだ・・悪しき煩悩に心が靡くことも・・あります。

まだ 盤石な心になるには精進がたりません。。 (*^_^*)

深く 反省しています 反省反省で今宵も暮れそうです。

う・・・ん  あ・・髪の毛が抜ける・・ぅうう (-_-;)

☆ 池田名誉会長は語っています。

「(知性)が人類に欠けているのではなく、欠けているのは

「慈愛をもった知性」です。つまり「知恵」です。これを広げるのが

広宣流布です」と

珍念・・言葉もありませんです・・・こっそり 退散します。

桜に思う

    A11 珍念のひとりごと です!

先ほど 近所の公園に散歩に行きました。池の周囲の遊歩道に

そって雪柳・コブシの花や二分咲きの桜がそよ風に靡いていました。

桜花爛漫の春も・・まもなく訪れるようです。

珍念・・池の水面に映える、薄桃色の八重桜を眺め、瞑想していま

した。珍念の頭に、桜に纏わる・ある逸話を思いだしました。(●^o^●)

★「桜はをもしろき者・木の中よりさきいづ・楊貴妃は見めよきもの

下女の腹よりむまれたり」 日蓮大聖人

「やや暑く八重の桜の日蔭よし」 虚子

★古今集は桜の花が散ってゆく様を読んだ歌が多い

久方のひかりのどけき春の日に しづ心なく花のちるらむ 紀 友則
  
桜花ちりぬる風のなごりには 水なき空に浪ぞたちける  紀 貫之

花の色はうつりにけりな・徒に・我が身世にふるながめせしまに 小野小町

これらの歌は軽やかなリズムがあり、美しい咲いた桜の花の下で、どの

歌でも、呟いて見て下さい。隣にそっと、業平が、小町が尋ねてくるかも

わかりません。

★「今晩はもうおそいから、家に帰るがよい。そして、もう一度、よく考えて

みることじゃ」「いやです」と少年は断固として首を横に振った。

「しかし、出家をするには、いろいろと準備もせねばならん。いまからでは

すでに寝込んでしまっている弟子や寺男も起こさなければなるまいぞ。

そなたの覚悟は、わからぬではないが、仏に仕える道は遠く、しかも厳しい

まだ十歳にもならぬ身では、容易ではないのじゃ」老僧が、かんで含める

ように説き聞かせても、少年は決心を変えようとはしなかった。

やがて、少年はその可愛らしい口元に精一杯の力を込めて、昔の人の

歌を繰り返した。

「明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」このエピソード

に説かれるように 確かに「一寸先は闇」であり何が起こるか分らない。

不肖 珍念 今 この瞬間に全力で取り組むことを誓います。

ワシントンと桜の話です。 御存じの方もいられると思います!

アメリカの初代大統領ジョージ・ワシントンは子供の時

お父さんが大切にしていた桜の木を切り倒してしまいました。

「これは誰がしたのだ」。とお父さんが尋ねたので「私が切り倒し

ました」。ワシントンは正直に答えました。

お父さんはワシントンの正直な事を喜んだそうです。

珍念も かく有りたいと思います ん・・実践したいと決意しています。

あ・・また 減らず口を (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

心の輝き (●^o^●)

 A11 珍念のひとりごと です!

今月5日、待望の小説「『新・人間革命』第21巻が発刊されました。

日中友好・日ソ友好・そして、中ソ和解・米中融和に向けた流れに

多大な貢献をなされた、池田名誉会長の歴史的な人間外交が綴

られています。 特に感動的なのは、ソ連を2回目に訪問された

先生が、全日程を終え「さよならパーティー」に臨んだ際の様子です。

★「よく(日本人は熱しやすく冷めやすい」と言われます。国と国との

友好にあっても、確かにそうした傾向があることを、日本人の一人

として私も残念に思っております」最後のあいさつで、こう率直に語られ

たあと、次のように決意を披露されました。

「真の友好とは、その場限りのものではなく、将来にわたる、崩れざる

友好でなければなりません」「私は、永遠に日ソの平和交流を貫いて

いきます・・その決意を、遺言にも似た思いで、ここに語っておきます」と。

★この挨拶を聞いた一人の女性が立ち上がり、嗚咽をこらえながら語り

だしました。「私は・・今の先生の話を聞き、先生の行動を見て・・初めて

通訳をしてきてよかったと心から言うことができます。先生ありがとうござ

いました」 それは第1次訪ソの時から同行してきた、通訳の女性でした。

日本人の悪い面を嫌というほど見聞きし、そして先生の誠実一路の行動

を目撃したからこそ、その言葉の真実が胸に迫ったのだと思います。

★ガンジーの非暴力思想研究で有名なサンフランシスコ州立大学のルナイン

教授は、かって先生と出会った際の印象を、次のように述懐しております。

「多忙な要人と言われる人ほど、一時の出会いに心を込めない人が多い

ように思われます。一人に会った瞬間に、もう次の人との出会いのことを

考え、”心ここにあらず”との印象を与えることが、しばしばあります。

しかし池田先生は、”今ここにいる人”に対し、最大の誠意をもって、一人

一人と人間としての温かな交流を果されたのです。私はそこに人間性の

美の極致を見る思いさえしました」。こう大感動していられた。

聖教新聞 ・・引用

★無名の珍念・・40数年前、始めて 池田名誉会長にお会いした事が

今も・・鮮明に心に刻まれています・・その時の感動は不肖珍念、文才

がなく・・旨く表現できません・・引用文に・述べられていた通りです。

先生の偉大さは・・無名の一青年でも、著名人でも、大統領でも・・

わけ隔てなく・・接していられます。

偉大な師匠のもと勇気凛凛邁進します。

「信じる一念」 (●^o^●)

 A11 珍念のひとりごと です!

今日は、25年ぶりに、Mさん・宅を訪れ、じっくり 懇談しました。

奥さんも、看病疲れで、痛々しい様子が胸に響きました。

一昨年から大腸がんで2回も手術され容態は予断を許さない

状況でした。

珍念 自分の 怪我や・悪性リンパ腫を克服した

体験を話し・るる・・次のように述べました。

★「彼の漢王も疑わずして大臣のことばを信ぜしかば立波

こほり行くぞかし、石に矢のたつ是れ又父の敵と思いし至信

の故なり」 {日蓮大聖人}が「日女御前」に出されたお手紙です。

この御文は、信の一念の強さを、例をあげて説かれたものです。

後漢の光武帝が敗走の途中、大河にさしかかった。その時、臣下

が、河は凍っていると報告し、帝も信じた故に、河の波がたちまち氷結

して渡ることが出来た。また、李広は復讐の一念の故に草陰の岩を

父を殺した虎と信じて弓で射たところ、石に矢がつき刺ったといいます。

★西洋にも興味深い話があります。 細菌学の租・コッホは、コレラ菌が

コレラを起こすと主張しました。ところが、ペッテンコーヘルという近代

衛生学の租が、この説に反対の学説を唱えた。彼は”コッホが正しければ

コレラ菌を飲めば、発病するはずである。私が正しければ発病しない。

私は自説を信じて、コレラ菌を飲む”と言い残して、菌の培養液を飲み

ました。ところが発病もせず、少し下痢をしただけであったことは世界的

に有名な話である。

★たとえ、コレラ菌が体内に入っても抵抗力の方が強ければコレラは発病

しないのです。少し極端の例ですが、ペッテンコーヘルの学問的信念が

抵抗力を強め、コレラ菌の毒性を封殺してしまったのである。

こように、一般的にも、信の一念は予想もできない力が具わっている。

★ 信仰すれば、不老長寿の人生が、まっているわけがない。

病気にもなり・事故にもあうこともある。 問題はそれらをどう受け止め、

立ち向かうか苦境にも立ち止まらず、前へ、未来へ向かって進むか!

自分の中に、本来、無限の力が具わっている。この力は、万人

の胸中にあり、だれもが自分の可能性を大きく開くことができる。

この内面の力を開発し、発揮させてこそ、(力ある哲学)と言える。

▼ 「喜劇王チャップリン」は言いました。

「生きることは素晴らしい」 「笑うことは素晴らしい」と

名作「ライムライト」(1952年完成)で(チャップリン自身を思わせる

老勇カルブエロが、足が麻痺して絶望している、バレリーナの娘テリー

を励ますシーンで・・・)人生は美しい!生きることは素晴らしい!君は

いつも病気(悩み)のことばかり考えて、暗く、うっむいている。

それじゃ、いけない。

人間には「死ぬ」ことと同じぐらい、避けられないことがあるんだ。

それは生きることだよ!」

「生きる」ために必要なのは、ただ、ほんの少しのお金と、そして

「勇気」なんだよ」と。

あ・・つぃ ( ^^) _旦~~ 自分自身の命を医者に委ねるのは「珍念」厭です。

生命力を涌現させて病魔を駆逐する・・命がけの祈りをすれば、状況

は・・替わる・・不肖珍念 某大学病院から サジを投げられましたが

強い祈りで大生命力を涌現させ・・命を永らえています。

珍念 M さんの病気が治る様に 一段と深い祈りを始めました。

あ・・またまた・・な・・・が~い 減らず口を・・消えます !(^^)!

「無償の慈愛」(●^o^●)

     A11_2 珍念のひとりごと です!

「子を思う金鳥は火の中に入りにき。子を思いし貧女は

恒河に沈みき」 日蓮大聖人

金鳥すなわち雉(きじ)は、子を温めているときに野火にあうと

ヒナを守って焼け死ぬ例が多いと言われています。また、涅槃経

には、生まれたばかりの子どもを連れた貧女が旅の途中、風雨

にせめられ、飢えや寒さに苦しめられた。そして大河を渡るとき、

最後まで子どもを守って放さず、ついに母子ともに溺れ死んだ・話し

があります。この世に、母の子を思う一念ほど強く崇高なものはない

でしょう。この一節には、そんな母性愛が示されています。

▼洋の東西を問わず、生まれたばかりの赤ん坊ほど、かよわい

存在はありません。なんの生活力も抵抗力もない。この幼い生命を

献身的に愛情で守り、育んでいく、母とは、無条件に生まれた子ども

の守護者であり、理解者なのです。子を生み、育てる母の仕事ほど

苦労の多いものはありません。それだけに子どもの成長への期待も

大きいと言えますが!

▼しかし、いつまでも、わが子を自分の分身であり、自分の自由にでき

る存在であると思っていると、母子ともに不幸の道を歩むことになる。

子どもはやがて自立し、母の元を巣立っていきます。真実の子どもの

幸せを願うなら、子が自立への道を歩めるように、母が側面からの

援助を忘れてはなりません。それは、見返りのない無償の慈愛とも

いえる。

★女性が女性として最高の力をだす時、女性の本領が発揮される

ときとは、母となった人が、新しい生命を全魂傾けて慈しみ、育むとき

であると思う。また、女性としての本当の美しさを全身にたたえるのも

母となった時ではないだろうか。と 恩師は語る。

愚か者の珍念・・女性の方たちに日々学び・感謝しています!

あ・・いけない・・愛犬を散歩に・・叱られる・・ぅう (-_-;)

「母の教え」に思いを馳せる!

   A11 珍念のひとりごと です!

「母」を語る人の胸には古今東西、常に熱い。国民作家の

吉川英治も、その一人。若き日は苦労の連続。父の事業の失敗で

高等小学校を中退。母も亡くした。20歳のころ、ある人から「君は

宗教をもってるか」と聞かれた。「ありません」と答えると、目をむかれ

素っ気無い態度をとられた。

▼吉川青年は言葉を継いだ。「けれども、僕の胸にはいつも死んだ

お母さんが住んでいる」「お母さんさえあれば、僕は決して悪いことは

できない。決して怠けられない。決して人をあざむけない」

ありし日の母を一種の“宗教性”にまで昇華させ、生きる上での明鏡

として、自身を省みつつ努力を重ねた姿が目に浮かぶようだ。

▼世界的なチェロ奏者パブロ・カザルスは、胸に刻む母のこんな

言葉を残している。「すべての人間は心の中に天使と悪魔が同居

しているのですよ」「重大なことはいずれを選ぶかです。あなたも

良心の声をきき、その声に従わなければいけません」と

 名字の言 引用

母こそ、子どもにとって人生における最初の教師にして、最良の

教師である。 子どもにとって、母親から激励され、ほめてもらった

記憶は、嬉しく、いつまでも忘れないものである。と恩師は語る。

珍念、恥ずかしいですが、精神年齢は、まだ11歳ぐらいです・・

母からいっも 減らず口を注意されていました。いまも一言多いんです

口だけ達者です・・まだまだ修行がたりませんです・・(@_@;)

今宵も深く懺悔します あ・・つぃ 口を閉じます! ( ^^) _旦~~

文字にぬくもりを通わせる(●^o^●)

       A11 珍念のひとりごと です!

「眼光紙背に徹す」 書かれたものを読んで、表面的な字句の

意味だけにとどまらず、その底に流れる書き手の深意や精神を

感じ取る洞察力をいう。{三国志で有名な魏の宰相「曹操」は古の

孫子のような、武将でしたが、細心の注意を払う勇者でした}

▼文字に書かれた言葉は「氷」のようなものである。それを流れ

通わすには、読み手の胸中に氷を解かす「運気」がなければならぬ。

二宮尊徳は、若き弟子にそう語った。 胸中の運気とは、人の世に

あって同胞を思う、“心のぬくもり”であろう。どれほど素晴らしい思想

哲学であっても、頭で理解しただけでは不十分だ。苦悩に沈む友を

救いたい、人々の向上に尽くしたい、との情熱があってこそ、思想は

生きる。哲学は蘇る。そして、文字に書かれた言葉は社会を潤す。

▼「身読」すなわち“身で読む”ことを、仏法はことのほか重視する。

日蓮大聖人は法華経を身読し、さまざまな迫害と戦われた、それを

可能としたものは、一切衆生の安穏と幸福を願ってやまぬ、炎の運気

であったにちがいない。

今日、「基本的人権」といい、「平和主義」というが、これらの善なる

言葉も、混迷する時代の中で{凍り付いて}いるかに見える。”解凍”

の仕事は、政治家や知識人だけでなく、何よりも自分自身の双肩に

かかっていると覚悟したい。

▼夏の暑熱も、言葉の「氷」を解かすことはできない。私たち一人

ひとりの、友を思う“魂のぬくもり”こそが、善なる言葉を蘇らせ時代を

潤す。 聖教新聞社(名字の言)引用

愚か者の珍念「眼光紙背に徹す」「身読」すなわち“身で読む”

のがいっも、足りないです・・大事な・大事なものが抜けています!

そうそう、池田名誉会長のスピーチに組織の役職(肩書)バッチと

その人の人間性(偉さ)とは一致しない人が多いと・・ふと (-_-;)

珍念 思い当たります。 肩書とその人の人間性は(思いやりの心)

とは別の次元だと明快に述べていられる。

珍念・・悪智慧は、溢れるほど・・湧いてきますが・・良い智慧 ?

は・ (*^_^*) 髪の毛のように 余りないです・・・ぅうう

池田先生の振る舞いのように、おこがましいですが、少しでも

実行したいです・・ あ・・余りべらべら・・おしゃべりをすると

また・・うどん屋の窯・・・湯だけ・湯・湯だけ 言うだけと

あ・・もう消えます ( ^^) _旦~~

「虚言の花と棘草」

      A11珍念のひとりごと です。

「言葉の裏には、血を流さずに人を殺す竜が潜んでいる」

という・中国の諺がある。 「実質を伴わない言葉」がそれである。

珍念いっも、行動するときより・口で言うときの方が大胆になる。

言葉は本来、実行の影法師になるべきものだが、現実には実行

のほうが言葉の影法師になってしまうことが多い。そんな言葉は

水面上のあぶくに等しいのだが、本人はそれに気ずかないものだ。

▼この前、ある会合で、筆者が懇談的に話している時に、大声で

「いま、この会場におる人は皆・熱心にあなたの話を聴いているが

私だけは聞かんぞ」・・・と少し酒を飲んで威勢のよい方でした。

珍念・・わざと、静かな口調で語りかけました。 「ちょつと そこでは

遠すぎるから・もう少し前においで下さい。私はあなたの言うことが

良くわかりません」 「もっと 前にどうぞ」その方は、とうとう目の前に

「あなたは、私の言うことは聞かないと・いっておられましたが、よく

聞いてくれました」 きょとんとして 頭をかきかき 退散された。

(^^♪ そうそう ずいぶん前に・これと同じような出来事の話を

思いだしました。あるところに、たいへんに優れた坊さんがいた

この人が説教する日には近隣の人々がこぞって集まってきた。

当然、近くにあるいくつかの寺の方は「ガラガラ」になってしまつた。

せっぱ詰まった和尚さんたちの中で、とりわけ気の強い人が

このままにしていれば、我々はじり貧になり、しまいには食いっ

ぱぐれてしまう。大勢の目の前で、あの和尚をやりこめてやろう。

と心に決めて和尚の説教の席に乗り込み話が始まると大声を

あげた。・・・ここからの・問答は、珍念の会合で叫んだ人と

おなじような・・光景でした。

▼こんなふうに、「実質を伴わない言葉」は、実質を伴う言葉には

とうてい対抗できない。単なる建前論もこれに等しい。たとえ正面から

は反論できないように飾り立てていても、「実質を伴わない言葉」は

「虚言」に類する。 珍念 時々・・ (-_-;) 

▼会議の席・集会の席で・人は偽りの言葉を口に出してはならない。

自分がそれを守るだけでなく、参席者ののすべてに虚言を語せない

ようにし、または、虚言を語る人を断固として否定することだ。

要するに、実質を伴わない言葉はいっさい避けねばならない。

あ・・またまた・・珍念の能書きが・・減らず口が絶好調です!

嫌われるので・・もう 消えます。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

八月の狂詩曲(ラプソディー)(●^o^●)

「黒澤明監督生誕100年を迎えて」 荒ぶる正義感

この3月、故・黒澤明監督の生誕100年を迎える(世界のクロサワ)

と称される黒澤監督は、世界で最も著名な日本人の一人だ。彼の

作品が国内外の映画人に与えた影響は計りしれない。「八月の狂

詩曲は晩年の作品で、拝金主義や核兵器に潜む人間の病理への

反発を、静かに、かつ力強く訴えるものになっている。

▼豊かな緑と澄み切った水。長崎市に近い山里を舞台に、夫を原爆で

亡くした主人公・鉦が体験した原爆の恐怖と悲惨さを、夏休みに鉦の

家を訪れた孫たちが次代に理解していく・・・

▼黒澤監督は、何度も原爆をテーマにした映画を撮ってきた。それらの

作品には普遍的な正義が貫かれており、核兵器の脅威を目に見えぬ

恐怖としている。

迫真の演技を見せた鉦役の村瀬幸子は、1991年の公開当時、86歳。

黒澤監督は80歳を超えていた。鉦の“気骨”には、老いてなお社会悪

に対して荒ぶる黒澤監督の正義感が、ダブって見える。

原爆の恐怖と悲惨さを訴える。

▼ 大人との対比

純粋な子供の心こそ、平和への希望だろう。夏休みを鉦の家で過ごす

ことになった孫たちは、鉦と暮らす中で原爆の恐ろしさ、遺族の悲しみに

打ちひしがられていく。一方、孫たちの親である鉦の息子と娘は、ハワイへ

向かっていた。戦前に移民としてハワイに渡った鉦の兄・錫次郎を訪ねる

ためだ。錫次郎はパイナップル農園で成功し、大富豪になっていた。病で

余命短い錫次郎は鉦を探し出し、ハワイに呼ぼうとした。が、鉦は行こうと

しない。そこで、突然現われた大富豪の親戚に興奮する息子と娘が、鉦の

代理で行くことになったのだった。

▼ハワイから帰った鉦の息子と娘は”金”の魔力にとり憑かれていた。

錫次郎の会社の東京支店で働き、高給を貰おうと算段する。

そこへ、錫次郎の息子・クラーク(リチャード・ギア)が来日する。

小学校の教師をしていた鉦の夫は、原爆が投下された8月9日、学校で

亡くなっていた。数十年後の同じ日、クラークと4人の孫たちがその学校に

向かうと、爆風で飴のように溶けたジャングルジムが、モニュメントとして

残っていた。そこに被爆者たちがやってきて、ジャングルジムの周りに

黙々と花を植える。彼らは何も語らない。だが、それゆえに多くを語る。

この哀悼ジーンは見事というしかない。

▼絶妙な暗喩の力 この映画は、静かな力に満ちている。

映像の魔術師ともいえる黒澤監督のメタフアー(暗喩)の力は、見る者

の想像力を試すかのようだ。本作品には、様々なメタフアーが散りばめ

られているが、象徴的なメタフアーに「野薔薇」がある。

▼映像としての一輪の野薔薇と共に、シューベルトの「野薔薇」の一番

の歌詞が何度も歌われる。「童は見たり 野中の薔薇 清らに咲ける

その色愛でつ あかず眺む 紅香ふ 野中の薔薇 (音楽の友社)

この「野薔薇」とは、鉦のことではないか。鉦は、拝金主義に陥った

自分の子を”あさましか。まるで乞食じゃあ”と叱りつけた。

鉦の慎ましい生活は、清らかに咲く野ばらを思わせる。 また

野薔薇の棘は、戦争の痛みであり、原爆の痛みであろう。

鉦の語る体験は、子どもたちの心を刺した棘であった。

▼鉦が、嵐の逆風に向かって黙々と歩いて行く圧巻のシーンは

原爆や拝金主義にたった一人で立ち向かう野薔薇の強さをも

思わせる。嵐の中を往く鉦を、孫たちが追いかける。

このシーンからは、晩年の黒澤監督のこんな呼びかけも聞こえて

くるようだ。「若人よ!私は老骨に鞭打って戦っているぞ!」と。

フリーライター(西村伸一) 引用

   A11 珍念のひとりごと です。

西村様のエッセイに「コメント」は蛇足です」

八月の狂詩曲(ラブソディー)の「DVD」 昨晩二回観賞しました。

改めて戦争の愚かさ核兵器の恐ろしさに胸が痛みます。

ユネスコ(国際連合・教育・科学・文化機関)では教育や文化の

振興を通じて、戦争の悲劇を繰り返さないとの理念により設立の

意義を定めたユネスコ憲章の前文には「戦争は人の心の中に

平和の砦でを築かなければならない」との文言がある。

▼池田名誉会長の著作の「『人間革命』の序文に有名な「戦争

ほど、残酷なものはない。戦争ほど、悲惨なものはない。愚かな

指導者たちに、ひきいられた国民もまた、まことに哀れである」。

どれほど経済が成長し技術が進んでも、それだけで、よき人間を

つくることはできない。人間が人間らしくいきゆくためには、精神の

空白を埋める哲学が、どうしても必要であると、語る!

あ・・また長々と・・減らず口を・・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

エゴイストの呟き (-_-;)

     A11_2 珍念のひとりごと です。

今日は友人の入院先の病院にお見舞いに行ってきました。

帰宅して、ふと、思いもよらず、ある、諺を思いだしました。

「鹿が病気になって草原に横たわっていると、動物仲間が

次々と見舞いに来ては、近くに生えていた草をみんな食べて

しまった。やがて、鹿は病気は治ったものの、食べ物がない

ために飢え死にしてしまったということだ」(イソップ寓話集)

世間にはこのような連中がどんなに、たくさんいるだろうか。

珍念・・変な妄想を描いています・・う・・・ん修行が足りません。

下手な考え休みに似たり・・と あ・・髪の毛が・抜ける・・(@_@;)

▼ひとりよがりの考えに浸っている人は、その「ひとりよがり」こそ

が真実だと思い込んで、同調しない人々と対立して争う。

ときには、その”ひとりよがり”が賞賛を博することがあっても

全体を通してみれば、嘲笑の的となるに過ぎない。

▼ずいぶん前に、ある、主婦が新聞に、こんな一文を投稿した。

「残暑厳しい先日の列車の中のことです。冷房車でホット一息

ついているところ、突然子供の泣き声がし、二歳ぐらいの女の子

が寝むそうな顔をして立って泣いていました。母親が一緒にいるので

すぐ泣きやむだろうと思い、気にしないでいたところ、一駅過ぎても

二駅過ぎても泣きやまないのです。夕方で通勤の人も大勢乗って

いたのですが、周囲の人が「席を替わりましょう」といったのですが、

母親は「いいです」といって、子供の泣くのが気にならない様子でした。

母親はきっとしつけのために、子供を立たせていたのでしょう。

しかし、眠くて仕方ない子供を、あやすでなく放ったらかしにして

躾もあったものではないと思います。自分の子供の躾のために

は、大勢の人に迷惑をかけてもいいのでしょうか」(読者の目より)

▼この主婦の「いいのでしょうか」の問いかけには「悪いにきまって

いるではないか」と言う義憤が込められているとみてよかろう。

「子供の泣くのが気にならないようす」の母親には・・私はいま

この子に躾をしているのよ。泣きさいすれば、なんでも自分の

思い通りになると思うのは、大間違いだということを厳しく仕込んで

やっているんだ、という満々たる自身があったに違いない。

ことによると、その母親の心の底には・・・どうです。私のこの毅然

たる母親ぶりは・・・躾というものは、このくらい厳しくやるものです。

皆さんも、少しは見習ったらどうかしら・・・

▼そんな誇らし気な気持ちさえも動いていたかもしれない。しかし

その車両の中には、彼女の母親ぶりに賞賛を送った乗客は一人も

いなかったことだろう。それどころか、彼女は嘲笑や怒りの的になった

に違いない。もしも乗客の誰かが「あなたのやり方は間違っている」

などと口にだそうものなら、その母親は猛然と逆襲してきただろう。

雌山羊がいらだっと、狼よりも手ごわいものだ。たいていの人間に

とっては、{ひとりよがり}は直すことの出来ない最大の欠点である。

顔を映す鏡はあるが、心を映す鏡はない。だから、人はそれぞれ、

自分のすることは申し分ないと思いこんでしまう。この点について

▼フインランドの諺に「馬はあした、息子はひげをはやしてから、

娘は嫁にいってからほめてやれ。だがしかし、わが身はいつになっ

てもほめてはならぬ」と戒めているが、私たちは自分の足に見合った

履物だけしか履かないように、自分の尺度でわが身を図るにすぎない。

その結果、自分で自分に傷を負わせることになってしまうのである。

(-_-)/~~~ピシー!ピシー! 珍念 ちと・・寂しいです!

あ・・減らず口を叩きすぎました。。門限に遅れて・・締め出される・・ううぅう

三十六計逃げるにしかず・・消えます・・・(*_*;

「おしゃべり珍念」(^^♪

     A11_4 珍念のひとりごと です。

舌は人を破滅させる斧・・? ( ..)φメモメモ

筆者は、親しい方から饒舌ですね、と言われたり、妻からは

一言多いと、いっも 厳しく指摘されその度に反省しています。

時々、無口の人が羨ましく思ったことも、あります。

「生まれるとすぐに、人間の口の中には斧が生じ、他の人の

悪口ばかりをいいたがる愚か者は、その斧で自分自身の生命

を断ち切るような結果を自ら招いてしまう」と・いう、諺がありますが!

珍念の口は一つではないようです。 3・4つ有るかも知れません。

舌も・・二枚ううぅ 3・4枚・有りそうです・・きっと あの世で閻魔さまから

ひっこ抜かれて牛タンのように塩焼きにされて食べられるでしょう (-_-;)

▼ところで「論語」では色々な観点から論じられている。

「君子(理想的な人格者)は、口数だけが多くて、それに実行が伴わ

ないことを恥じとする」。「君子はその言のその行いに過ぐるを恥ず」

「主張したいことについては、まず実行してみせ、その後に主張する

ことだ」(まずその言を行ないて、しかる後にこれに従う・・・)

「徳の高い人は立派なことをいうが、立派なことをいう者が徳の高い

人格者とは限らない」(徳あるものは必ず言あり。言ある者は必ずしも

徳あらず・・) このほか「巧言令色 鮮し仁」等々

▼孔子も「舌は人を破滅させる」ものだとして、言葉に関しては様々な

角度から名言を述べている。それらの名言に共通している点は、所謂

言行一致の重視であり、孔子は「実践を伴わない言葉」になんの価値も

見いだせないと手厳しい!

ん・・(^^♪他の人の悪口をいいたがる愚か者」だが、そういう連中は

単に悪口を言うだけのことで、その悪口に伴うはずの行動は決して

起こそうとはしないものだ。悪口はたいていの場合「かげぐち」たるに

すぎず、無責任な方言に類する。では、どうして、私たちはついつい

悪口をいって「自分自身の生命を断ち切るような結果を自ら招いて

しまう」のか。その根本原因について、仏法では・・・あ・・・つぃ (*^_^*)

愚か者の珍念誤解を与える・・屁理屈を捏ねて読者を惑わす・・かも

知れませんです。・・閻魔様からしかられる・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

▼話題を変えます・・・うう たった一句だが、面白い言葉がある。

それをいった人の顔まで見えるようなものを並べてみよう。

○菊池寛 「文才のある文学青年ほど、困ったものはない」

○木村伊兵 「美人を撮る時は、いっも、惚れちゃうんですよ」

○藤田嗣治 「きれいなネコより、私は、汚い惨めなネコが好きです」

○高浜虚子 「選句は選者の創作です」

○名医真鍋嘉一郎 「一病は長生の元」

○吉川英治 「大衆は大智」

○初代中村吉右衛門 「小唄は私の独り言でございます」

○小林一三 「金を儲けたという実感がないんです」

○武者小路実篤 「雑誌にたのまれたら書く。ことわるより

書く方が早い」

巨匠大家というものは、淡々としている。 珍念うろちょろ

しています。 お粗末でした。 !(^^)!

生涯の本(*^_^*)

    A11 珍念のひとりごと です。

筆者は、幼少の頃から、本を読んで貰ったりして興味駸々でした。

日々、たくさんの本とすれ違う。すれ違っただけでは気がすまず、また

会いに行くことがある。 まるで、恋人とデートをしているように・・(^^♪

二度三度あっているうちに、離れがたい思いが湧いてくる。

そのようにして。何冊か、生涯の友と呼ぶにふさわしい本に出会う。

あの日・珍念の体に稲妻のような衝撃を受けた出会いがありました。

▼それは、40数年前、悩み・苦しんでいた時・池田名誉会長から

二度にわたり、著作の三冊の本を戴き激励を受けたことです。

二度目に戴いたのが「小説・『人間革命4巻』でした。

「たった一つの言葉にも、人生を変える力が有る。

たった一冊の本にも、時代を動かす力がある」。と恩師は語る。

本もそうですが・不肖・珍念の永遠の大師匠です。

池田名誉会長の振る舞いそのものが、永遠に心に残る名作です!

▼作家の松本清張さんは、芥川竜之介や志賀直哉にはひかれず

菊池寛の「啓吉物語」にひかれた。自分のやるせない年少のころ

「啓吉物語」でどんなに活力を与えられたことか、と、書いている。

本の個性と読み手の個性との間で火花が散る時、そこに生涯の

本が生まれる。参考文献(天声人語)

珍念・毎日・毎日・貴重な、黄金の旅路を生涯の本に

綴るために前へ・前へと駆け抜ける決意です。 (●^o^●)

「心の窓」(*^_^*)

       A11珍念のひとりごと です。

 「人の身の五尺・六尺のたましひも一尺の面にあらわれ・一尺 

の顔のたましひも一寸の眼の内におさまり候」。と 日蓮大聖人

「目は心の住処」という「心の鏡」とも「心の窓」ともいわれる。

いずれにしても、人の心は目の輝きや表情に集約的に表れる。

目ほど摩訶不思議なものはないだろう。犬や猫でさえ目でものを言うし

人間が時に嘘をついても、その“目の演技”は見る人が見ればすぐ分る。

気力充実の人には、目に光がある。

☆「瞳」の大きさは、感情の動きによっても変化すると言われる。

つまり、目の瞳孔が無意識の世界を映すというわけだ。この話は

世界的な心理学者・エックハルト・ヘス博士(米)の話によると

ある晩、私がベットで動物のグラフ写真集などを見ていたところ、妻が

「もうすこし、明かりを強くしたほうが良いのではありませんか。瞳孔が

少し大きくなりすぎていますよ」と注意するのです。私は自分では明かり

は十分に得られていると思っていましたので、妻の忠告が非常に気に

かかり、ふと瞳孔の大きさに影響を与えていたのは、明かりの強弱では

なく、私の読んでいた本の内容にあるのではないかと思い至ったのです」

☆どうも・目は、なによりも心の動きを正直に敏感に反映するようです。

それも、自分の意志では作為的にコントロール出来ない所が面白い。

☆ある記者が、コンクールで優秀な成績を収めた人を取材したおり!

あどけなさの残るお嬢さんで、学校のこと、友だちのこと、音楽のこと、

と・・弾む語らいの中で見せる彼女の表情は、まるで屈託がない。

その柔和な目が激しく変わったのは、愛用のバイオリンを手に曲を

奏で始めた時である。楽器を手にした瞬間から言葉は消え、すべての

動作は無言。瞳がグンと大きく輝き始めたことを今でも忘れない。

目の表情は、顔の印象を大きく左右するなとも感じたそうです。

☆仏法には「如是相」と説かれる。その人の色心の充実度が、所作や

振る舞い、顔色などに具体的、直接的に表れてくる。その際の「目」

「瞳」の存在は決して小さくはない。 参考文献 (古巻 勲)

筆者の独断と・偏見の愚考です。 (@_@;) (●^o^●)

そこで、思うことは「常に正視眼の人でありたい」という一点だ。近視眼

でも遠視眼でもない。現実にとらわれすぎてもいけないし、理想論ばかり

ぶってもならない。自身を鍛え、磨きながら主体性を確立させ、正視眼

を養いたいといっも 念じている。

▼人と会って欠点を見つけるのに才能は要らないが、長所を見つけるには

普段の勉強が」必要であろう。その努力がないところに、感性豊かな「目」

は育つまい。いっもいっも曇りのない目で人を見、正しく評価していく事は

珍念至難の技です。ましてそこから学ぶことは決して易しくない。

「清浄にして明るい鏡が、あらゆる物の像をはっきりと映し出すように

磨きぬかれた生命は、世の中のあらゆる現像を明瞭に見抜くことが

出来るのである」。と 池田名誉会長は語る。

▼人に、自分より秀でている点を見ようとするなら、何にも増して

「身口意の三業」でもって「信」の一時を詮と為し、「知恵の目」を

磨きに磨く日々でなければ・ならない・ と 「珍念」永遠の課題です。

あ・・・また また・面白くも・何ともない・・減らず口を・・閻魔さまから

虐められるうぅうう (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

「裏返しの心」

A11_6珍念のひとりごと です。

         一念の微妙な差が大きな違いに!

人生は、ちょっとした違いが大きな違いになる。

アメリカの有名な哲学者のウイリアム・ジェームズは,
言ったという。生涯で耳にした数多くの言葉の中で,
一番,感銘した哲学的な言葉は彼の家の修繕に来ていた
一労働者の言葉であったと。
それは「人間てものは、つきつめてみれば、誰だって
ほんの僅かしか違うもんじゃない。けれど そのほんの
僅かばかりの違いってやつがひどく肝腎なことなんだ」
{ウイリアム・ジェイムズ著作集・心理学について}
と言う言葉である。

あの時、一言いってくれたら」人生においても、
「心が裏返し」になっていては、幸福になれない。

夏目漱石の小説「道草」では,夫と妻の心の「すれ違い」
を描いている。
夫の健三は三十代の大学講師。妻のお住は高級官僚の娘。
はた目には幸せな家庭に見えたであろうが、2人の間は、
いつも、ぎくしやくして、心が通い会わない。ある時、
健三がアルバイトしたお金をもって帰る。

少しでも家計の足しにしようと思ったのである。しかし、
彼が、その給金を渡した時お住は格別嬉しそうな顔をしな
かった。なぜだったのか。じつは、その時お住は「若し夫が
優しい言葉に添えて、それを渡してくれたなら,きっと嬉い顔
をする事が出来ただろうにと思った」のである。
それでは健三はなぜ、そうしなかったのか。
彼のほうでは「若し細君が嬉しそうにそれを受け取ってくれ
たら優しい言葉も掛けられたろうにと考えた」というのである。

微妙な人間心理の「あや」を描いています。互いに、
心を裏がえしにして向かい合っているのである。しかし
「裏がえしの鏡」には、何も映らない相手に期待し要求する
だけで、自分を省みなければ、心の溝は深まるばかりであろう。
また相手を「決めつけ」ていては、相手の良い点など見えるわ
けがない、家庭だけでなく、あらゆる人間関係がそうである。
心の「向き」が大事である。一般に、多くの女性が、星占いと
か手相とか「占い」を好むと言われる。

アメリカの暮らしが長かったある人いわく「{占いで}アメリカ
の女性が知ろうとするのは「私の未来には、どんな幸福が待ってい
ますか」という「希望」である。
日本の女性が聞こうとする心は「私の将来に、何か災難はない
でしよょうね」という「恐怖」である」少なくとも、これまで,
そういう傾向があったことは事実かもしれない。未来への「希望」
未来への「恐怖」心の奥底に、「積極」と「消極」の違いがある
と言うのである。
消極心の向きが「後向き」では、人生が、痩せた、つまらないものに
なってしまう。

「池田大作スピーチより」 引用

☆珍念・夏目漱石の・吾輩は猫である・坊ちゃん・等 幼少の時読んで

戴いて感動していました。「道草」は漱石の鋭い筆致で心の「あや」が

描かれています・現在も「心の裏返し」が、巻き起こす、悲喜こもごもの

様相が随所に見られる。

愚か者の珍念・朝起きてから夜寝るまで・色々自分に接する出来ごとに

心が・・靡くことが良くあります(ううぅ うんとです)縁によって紛動される

傾向がなきしもあらずです。 この心をコントロ-ルするのを説いたのが

仏法ですが・・ありり・・つぃ 調子に乗って・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

タイムアウトです・・叱られるので・・口を閉じます (-_-;)

「時の大切さ」(*^_^*)

          

     A11_5     珍念のひとりごと です。

 命の大切さと「時の大切さ」を考えるとき、いっも思いだすのは

「走れメロス」の人間関係で最も重要な「信頼」を謳いあげた太宰

治の不朽の名作です。 

三日間で帰らなければ友が死刑になるというこのドラマは、視点を

変えれば、究極の「時間との戦い」を描いた作品とも言えますが。

メロスは世を正すため、友との約束を果すため、渦巻く濁流を

泳ぎ切り、行く手を阻む山賊を倒すが、ついに疲労困憊一歩も

進めぬ。出来ることはすべてやった。もう、どうでもいいと、心の

悪魔が囁く。それも乗り越え、夕日の最後の一片の残光が消えよ

うとした瞬間・彼は刑場に間に合い。とうとう誓いを果しました。

▼これと対極にあるのが「雪山の寒苦鳥」せつせんのかんくちょう

「雪山の寒苦鳥は寒苦にせめられて、夜明なば栖つくらんと泣くと

いえども、日出でぬれば朝日の温かなるに眠り忘れて、また栖を

つくらずして一生虚しく鳴くことをう。一切衆生も亦復是くの如し」と。

日蓮大聖人は仰せです。

▼雪山にすむ鳥が、夜の寒さに震え、”明日こそ巣を作ろう”と決意する。

だが、翌日には日中の温かさに決意を忘れて遊び戯れる。

あのとき、ああすればと後悔しても、絶対に「その時」は戻ってこない。

限られた時間を、どう目標達成という一点に絞って真剣に使うか。

それが「メロス」と「寒苦鳥」の分岐点になる。

☆{珍念}も・・「メロス」のように「師弟不二」の道を邁進します。

そうそう・文豪・ゲーテも綴っている。

「わが身のことばかり心にかけて、他人と一緒に苦しんだり楽しん

だりするすべを知らず、また、しょうという気を起こさないでは、立派

な人といわれましょうか?」(佐藤通次訳「ヘルマンとドロテーア」引用)

あ・・つぃ おしゃべりを・二枚舌を引っこ抜かれないように退散します!(^^)!

 

「新書・太閤記」に学ぶ

民衆の上にある英雄と、民衆の中に伍してゆく英雄と

古の英雄たちにも、星座のように、各々の性格と軌道が

あった。 秀吉は、後者のひとであった。

☆生まれおちた時から壮年期はいうまでもなく「豊太閤」となって

からでも聚楽桃山の絢爛や壕塁にかこまれても、彼の周りには

いっも庶民の匂いがみちていた。かれは衆愚凡俗をも愛した。

かれも自分も一個の凡俗であることをよく弁えていた人である。

かれほど人間に対して寛大な人間はなかった。人間性の豊かな

英雄はと問えば、だれも皆まず・指を秀吉に屈するのも。彼のそう

いう一面が、以後の民衆の間に。深く親しまれて来たからではない

だろうか。

☆おそらく秀吉への親しみは、この後といえど変わるまい。理由は

簡単である。彼は、典型的な日本人だったから。そして、その同身感

から好きになる。わけて彼の大凡や痴愚な点が身近に共鳴するので

ある。日本人の長所も短所も、身ひとつにそなえていた人、それが

秀吉だといえよう。かれの長所をあげれば型のごとき秀吉礼讃が成り

立つが、その方は言わずもがなである。われわれが端的に長所を数え

たてたりすれば。かえって彼という人間の規格は小さくなる。かれの大き

さとは、そんな程度のものではない。

☆私のこの「新書太閤記」は、まだ秀吉の大往生までは書いていない。

彼も英雄というものの例外でなく、晩年の秀吉は悲劇の人だ。

大阪城の斜陽は「落日の荘厳」そのものだった。私はむしろ、かれの

苦難時代が好きである。 「新書太閤記」(序) 吉川英治 引用

          A11珍念のひとりごと です。

読者の皆さま・・幼稚な「珍念」減らず口は、相変わらず、達者です。

孔子の九思一言(九思のうえで一言を発する) う・ぅう (^^♪

周公亘は(洗髪中でも食事中でも、来客があったならば

即座に中断して会う)という賢人の模範的姿勢を教えられている。

なかなか、凡愚の「珍念」実行できなくて、いっも・悩んでいます。

あ・・・髪の毛が・・抜ける・・ううぅ (@_@;)

☆ ん・・たった一言で、壮大な大阪城を破滅に導いた人がいます。

豊臣家の敗因を作ったのはなんと秀吉だった。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

うかっに口をすべらせて、自らの命を落とした人はよくいる。

豊臣秀次である。彼は太閤秀吉の甥で、長い間子宝に恵まれなかった

秀吉の跡継ぎとして、関白の位を譲られていた。ところが、秀吉に子が

生まれると、叔父秀吉の態度は変わり関白の地位を秀次から奪おうと

する。 このことで 焦った秀次は・・つい言ってはいけない一言を放った。

「老いぼれの義父殿に子種があったとは笑止千万。お拾いなど、誰の

子かわかつたもんじゃない」当然これほど人を侮蔑した言葉はないだろう。

激怒した秀吉は、秀次を高野山に追放し切腹を命じる。

さて、秀吉といえば大阪城「難攻不落」「金城鉄壁」といわれる名城で

大きさといい、構造の巧みさといい、敵を攻め入らせる隙がない、完璧

な城だった。秀吉の後を継いだ秀頼の時代に徳川方の謀略で簡単に

落城してしまう。・・何でかなぁ?

☆それは・・大阪城を築城したとき、彼の部下が秀吉にこう聞いた。

「この城は、どのような大兵をもって攻めても落とすことは出来ますまい」

秀吉は笑いながらこれに答えた。

「この城を攻め落とすには二つの方法が有る。ひとつは、城兵の数十倍

の大軍で城を包囲し、場内の食糧が尽きるのを待つ。もうひとつは、一時

和睦を入れ、濠を埋め、石垣を壊し、城の力を奪ってから攻撃すればいい」

まさに、この後者の言葉を実行して大阪冬の陣でいったん和睦を装って

濠を埋めてしまい、すぐに大坂夏の陣で城を陥落させたのが、徳川家康

だった。 げに「戒めなければ成らないのは、不用意な一言である」。

豊臣秀吉も自らの一言で子孫を滅亡に追いやることになったのである。

珍念・・も・・減らず口を・・何気ない一言を肝に銘じて今日も 儘ならぬ

悪しき煩悩と熾烈な戦いをしています・・あ・・閻魔さまから虐められる

ので もう 急いで退散します。 (●^o^●)

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