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2010年2月

「ぶれがない」言葉§^。^§

「池田大作名言100選」が好評を博している。

脳科学者の茂木健一郎氏は「自分を高めるきっかけを

与えてくれる言葉が散りばめられている」(中国新聞)と

書評を寄せている。

☆発刊した中央公論新社の首脳が先日、講演を行った。

同書を出版するにあたって、編集者が約40年間にわたる

名誉会長の数多くの著作を読んだ。その中で、強く印象を

受けたこと。その一つが、名誉会長の言葉には「ぶれない」

ことだ。

☆過去と現在の間で、その人物の言葉の相互に矛盾が

あると、名言集など発刊できない。過去に発刊された書籍

でも一人の言葉で編んだ名言集は、ほとんどないという。

☆作家・村上政彦氏は「名誉会長の言葉は、本質的に励まし

の言葉」と指摘する。現実の中で、深刻な悩みを抱えている

友の心を、いかに鼓舞するか。名誉会長の言葉は、観念の

遊戯ではない。限られた時間の中で、紡ぎだされた精神の

結晶である。だからこそ「ぶれ」がない。人の心を打つ。

☆講演で、首脳は語った。「現代の日本では、一人で名言集

をつくれるほどの力のこもった、意味のある言葉をたくさん

発せられる人は、なかなかいない」と。 半世紀、一貫して

変わらない師の闘争・・報恩感謝を胸に私たちも続きたい。

コラム 「名字の言」 (芯)引用

   A11珍念のひとりごと です。

不肖 珍念 肩書や財産など有りませんが、一庶民として

池田名誉会長の偉大さに 驚愕しています。

40数年前・入会したばかりの「無名の珍念」に大激励をされ

お土産を戴き握手をして下さいました。また、ある時は

書籍を戴いて大激励を受けました。その本を今一度

読んでいますが・・珍念・・その奥深さに今更ながら師の

思いに、感涙しています。 恥じています。 

また 11年前 大病で命の灯が燃え尽くす時も、激励を

受けて・・奇跡的に虎口を、脱出できました。 

5年生存率を越え8年の坂も越えました。

{命限りあり 惜しむべからず ついに願うべきは仏国也}と

日蓮大聖人・・・無教養の珍念先生の教えの通り歩みは

遅いですが・・頑張ります・・あ・・りり・・演壇で独演会を !(^^)!

独りよがりと・閻魔さまから・叱られる・・うぅう (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

退散します・・

切磋琢磨の息吹を持とう!

「組織は偉大な勇者をつくるか、さもなくば、幼稚な愚者を

つくる」 戸田先生は鍛錬・育成と言っても、大切なのは、一個

の偉大な人格をつくることである。といわれた。組織があまりに

偉大であり会員が純粋であるために、かえって、それに甘えて

厳しい自己建設を怠る者も出てくる。そうなれば、いかなる理想的な

組織も、組織悪の温床になってしまう。

学会は、真の「人間」をはぐくみ、社会に排出しゆく人材育成の大地

である。しかし、そこに峻厳な自己革新、切磋琢磨の息吹がなく

なれば、その大地はみるみる痩せ、不毛の地となってしまうことを

知らねばならない。

  A11珍念のひとりごと です。

▼ 珍念・・ある教団の友人と懇談した時 たまたま 組織の役職の

ことで アドバイスを求められ・・弱りましたが、池田名誉会長の

スピーチを次のように述べさせて戴きました (●^o^●)

☆ 采根譚」 といえば、中国・明の時代の有名な箴言集である。

その中に「我貴くして人これを俸ずるは、この莪冠大帯(高位高官の

つける高い冠と大きな帯)を奉ずるなり。

我賤しくして人これを侮るは此の布衣草履(庶民の着る粗末な衣服と

ワラの靴)を侮るなり。然らば則ち、もと我を奉ずるにあらず。我なんぞ

喜びを為さん。もと我を侮るにあらず、我なんぞ怒りを為さん」

すなわち「私の役職が高く、人々が尊敬するのは、私の身につけた

高い冠や、大きな帯などの服装を尊敬しているのである。

☆ 私の地位が低くて、人々が軽く見るのは、私の身につけた粗末な服と

靴を軽侮するのである。 そうだとしたら、人々はもともと私自身を尊敬

するのではないのだから、どうして喜んでいられようか。いい気になる

ことは出来ない。

また、もともと私自身を軽侮するのではないのだから、どうして怒ることが

あろうか。腹を立てる必要はない」との意味である。

☆ 多くの人々は、まずその人の「立場」を見る。その役職や制服、バッジ

等に向かって頭を下げる。また、何の立場もない人に対しては、その外見

のみで軽く見がちである。そうした世間の評価は「人間」そのものへの正しい

評価とは違う。「立場」と、裸の「人間自身」の偉さとは、必ずしも一致しない。

別問題である。 にもかかわらず、何か立場を得ると、それだけで自分が

偉くなったような錯覚を持つ。 人々が大事にしてくれるのを、自分の力

のように思い慢心する。それでは、あまりに、情けない・・。しかも、そうした

人間が多すぎるのが現実である。反対に、自分は地位等がないからといって

卑屈になったり、世間の変転する{目}に一喜一憂するのも愚かである。

いずれにせよ、自己の「立場」と「自分自身」を混同する人間・その人には

もはや真の成長はない。のみならず「人間」に焦点を定めきれない弱さは

他人の評価も誤る。

☆ やがて、{無冠にして偉大な人物}をも、軽蔑するに至る。無名の

庶民を下に見る。そうなれば、その人自身が「無軌道の人生」である。

大聖人は「一国の権力者に対しても「わずかの小島のぬしら」

「但嶋の長」(ただしまのおさ)と仰せであられた。 私どもも、いかなる

{権威の眼}にも、頭を下げる必要はない。「人間」が基準である。

「信心」が基準である。立場に驕る人々を、いたずらに増長させては

互いに不幸となる。どこまでも私どもは、大聖人の門下らしく、堂々たる

「心の王者」信心の「無冠の王者」の埃で進んでまいりたい。と

話だしたら・・止まらない・ 珍念のおしゃべり・・我慢・我慢 友人の

お話をよく聞くように・・もう一人の 珍念が囁きました。 ( ^^) _旦~~

友人が・・君の師匠は、凄いね・・日本では尊敬されてないけど外国

では・・偉大な人物と評価されていられる・・・国家勲章28も戴かれて

いられる・・それに、学術称号も・275も なぜ・・日本では・・?

驚いていました・・珍念 池田名誉会長の偉大さを語りに語って・・

尊い人生を悔いなく戦っていく決意です。

ん・・また いらざる・おしゃべりを・・嫌われる・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

こっそり・・・消えます。

「ぼくらの神経が覚める」( ^^) _旦~~

ある家に下宿している学生がキャッチボールをしていた。

その姿を見た家の主が言った。[君、命がけでやり給え!」

(宮本武蔵)等で知られる吉川英治氏である。

▼ 氏の長男で、吉川英治記念館館長の吉川英明さんが、

本紙のトーク21で紹介したエピソード。

「大袈裟と言えば大袈裟ですが、父は、何事にも全身全霊で取り組め、

と言いたかったのでしよう」。生きる姿勢は大切である。

▼ 英治氏は、宮本武蔵を「今日忘れられている神経を持っている

人間」と語っている。 今の人々には(自分を信じ、人を信じ、自分の

仕事を信じ、自分の今日の生活を信じて行くというような信念」が弱い

わが道を真っすぐに進む武蔵を描くことで「ぼくらの神経が覚める」

{吉川英治その人と文学}

▼ 70年以上前の警句だが、現代にも通じる。自分の力を信じ、

自分で引き出すことは簡単なようで最も至難。が、その努力を続けて

こそ、初めて自分を確立することができるから、人の素晴らしさを

信じることが出来る。

▼ 「武蔵の道」は(自己完成の道)と池田名誉会長。

      A11珍念のひとりごと です。

「山中の賊を破るは易く 心中の賊を破るは難し」(王陽明)

山賊を退治することは簡単であるが、心の中の邪念をふり

はらうことは難しいものだ。自己を律することの困難さを言ったもの。

▼ 透徹した一念を示す一つに若き「豊臣秀吉の有名な三日普請がある」。

信長の居城・清州城の城壁が、暴風雨で「百間以上も崩れてしまう。

ところがその修復工事は二十日たっても、ほとんど進まない。

工事が進まないのは、実は普請奉行が謀反心をいだき、故意に遅らせ

ていることを察した藤吉郎は、わざと喧嘩を売り、信長から普請奉行を

請い受ける。しかし、世間ずれしているうえ、前任奉行から、工事を遅滞

させれば金品を・・と約された棟梁たちは、いっこうに笛吹けど踊らない。

そこで秀吉(藤吉郎)は一席を設け、静かに訴える。

▼ 「興る国・・亡びる国・・おまえらもずいぶん見て来ただろう。国の亡び

た民の惨めさも知ってるだろう。(中略)国の興亡は、実はお城にあるわけ

じゃないからな。・・では、どこにあるのかといえばお前らの中にあるのだ。

領民が石垣だ、塀だ、濠だ。・・おまえらは、このお城普請に働いて、他家の

塀を塗っていると心得ておるか知らんが、そいっは大間違いだ。

おまえら自身の守りを築いているのだ。・・・

▼ いささかも巧むことなく、涙ながらの訴えに、棟梁たちの間から嗚咽が

もれ、彼らは、酒杯をなげうって、工事に突入する。藤吉郎も一工夫として

泥にまみれての突貫工事の結果、城壁は約束通り、三日にして修復され

事なきをえた。

▼ ひたすら領国を思い、領民を思うことに徹した藤吉郎の一念が、冷めきり

凍てついた心を、ついに溶かしたのである。人間の、特にリーダーの確信と

一念は、目には見えない。否、目に見えないがゆえに、一切の物事の成否

勝ち負けを決定づける要諦といえよう。透徹した一念は、やがて最終の

勝利を招き寄せる最大の要因であろう。そこに曇りが生じたならば、何事も

成就するものではない。三日普請の故事は、その微妙にして枢要な、そして

決定的な分れ道を教えている。留意し、透徹すべきは、「ただ一つの精神」

であり「金鉄の男の胸」である。(吉川英治・新書太閤記)「池田大作」 引用

「今」を真剣に生き抜く中に沸々と生命は輝く・・ (●^o^●)

ご聖訓に「ただ心こそ大切なれ」と・・・

あ・・読者の皆さま・・今日も・・下手な説法に・・これ以上 ムダ口を

叩くと・・閻魔さまから・・叱られる・・ううううぅ (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

今宵も・反省しています・真剣にご祈念します。こっそり退散します。 

「鐘を鳴らそう」

日本画の巨匠・平山郁夫氏が、最後の著書に、大叔父

(美術工芸の第一人者・清水南山)から贈られた言葉を

書き残している。「先生というのは梵鐘みたいなものだ。

たたけばいい音が出るが、叩かなければ鳴らない。

だから自分から求めていって、どんどん鐘を鳴らすんだぞ」

☆東京の美術学校に進学するため、故郷を離れる時にかけら

れた言葉。 平山氏は、「自分からどんどん鐘を鳴らしていくことで

道は開けてくるのです」と綴っている(「ぶれない」三笠書房)

☆偉大な師匠や法に巡りあえたとしても、{求める心}がなければ

何も生じない。 御聖訓には「よき師とよき弟子とよき法の三つが

合致すれば祈りを成就できる」 日蓮大聖人

☆ 池田名誉会長は「私は毎日、胸中の戸田先生と対話しながら

前進している」と語る。 「師への求道心」が有る限り、いつでも、

どこでも学び、成長しながら、新しい道を切り開いていくことが

できる。 コラム 名字の言 (糀)引用

        A11珍念のひとりごと です。

▼ 最も短い返事は・実行することである。{すぐに実行することこそ

一番早い返事だということ}

▼ 物言わずの早細工 「能力のある人はムダ口もたたかずに仕事も

はやいという意。また、無口でめだたぬ人は、仕事をさせると早くて

うまいということ」の譬がありますが、不肖・珍念恥ずかしいですが

格言を後ろ向きに捉える傾向があります。 まだ まだ・・邪な心が

あります。。深く反省しています。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

▼ どんな高性能の車でも運転する人の「心」が狂っていれば、事故

を起こしてしまうであろう。また、走らせる力がなければ、何の価値も

生まれない。ともあれ、人が目的地に着くための車である。

車のために人間がいるわけではない。次元は異なるが、宗教もまた

人間のためにある。民衆のためにある。これこそ大聖人が繰り返し

また身をもって教えられた宗教革命の精神である。学会は、この精神で

どこまでも民衆とともに、民衆のために、民衆の最大の味方として進んで

生きたい。と 池田大作名誉会長は語る。

あ・・いらざる・・おしゃべりを・・・二枚舌を「閻魔様」から抜かれないように

口を閉じます・・(-_-;)

白紙に帰る ( ^^) _旦~~

  A11珍念のひとりごと です。

先日、姪のパソコンが、度々「フリーズ」するので初期化

をしました。

その時に白紙に帰る事が出来るのは便利だなぁと。

珍念 色々 頭の中で思索しました。 人間も白紙にかえれたら

良いのになぁ (@_@;) そうそう 白紙に帰る・・思い出しました。

☆珍念・・あのね、ヒルベルト( 1862年1月23日 - 1943年2月14日

有名な「ヒルベルトの23の問題」を発表した。)って数学者がいるん

だけど、ものすごく偉い、古今東西の数学者の一人でね・・

そのヒルベルトは物を忘れるのが非常に早く、一っの分野で最も

いい仕事をすると、それをケロッと忘れてほかの分野に進んでいく

のだった。有名な話なんだけど、ある時に、よその数学者読んできて

講演させたわけね。その人が,講演の中で、ある定理引用したわけね

そしたら、それを聴いていたヒルベルトが立ち上がって、その引用した

定理が素晴らしい定理だっていうわけよ。でその定理は誰が発見した

んだって聴いたのよ。そしたら、その講師が「あなたです」って。

☆ ハガキ提言より 言葉遣いに注意したい !

ある日、小学6年生の娘に、(少し減量したら・・)と冗談交じりに言った

ところ、翌朝,2ページぴっしりと思いを連ねた日記を見せられた。

心ない一言がこんなに彼女を苦しめてしまつたのかと、心から

反省し、素直に詫びた。

同志間でも、親しい余り、つい冗談を言って相手を傷つけている場合

がある。思いもよろぬところで相手を悩ませたり、苦しめたり・・・

親しき中にも礼儀あり、言葉遣いに注意したい。

愚か者の珍念・いっも・・つい 一言多いんです (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

少くないのは・・?  あはは はは (●^o^●)

今日も 相変わらず・・口は絶好調です・・あ・・閻魔さまから 叱られる・・ぅう

消えます !(^^)!

雪国からの手紙 (●^o^●)

なぜ、これほど後継者を大事にされるのか。これが

池田先生に接して偽らざる実感です。あれは昭和63年

の冬。私が少年部長の時でした。白虎隊で有名な合津若松

市の小学校から、池田先生あてに手紙が届きました。

差出人は6年生の女子3人でした。

☆「池田大作先生、私たちは図書委員の仲良し3人組です・・」

一字一字、しっかりと綴られていました。真情が溢れていました。

”雪国の冬を、元気に有意義に過ごすため「図書館まつり」を開催する。

その中の「作家の手紙コーナ」に展示するため、池田先生に手紙を書いて

ほしい”との内容でした。彼女たちは、同校の少女部員が「図書館まつり」

のために持参した「太平洋にかける虹」を読み、感動して、作者の池田先生

に依頼してきたのです。

☆それは、先生が、アジア指導に出発される前日。多忙を極める時でした。

しかし先生は、お手紙を書いてくださったのです。3枚にもわたる原稿を

頂いたのは、翌朝、ご出発の直前でした。睡眠時間を削って書かれたのです。

「おとぎの国からの、お便りのように、私は嬉しく 心に春の花が咲いたように

拝見しました・・今の、皆さんにとって、読書は「心の、素晴らしき旅」です・・」

直筆の先生のお手紙に、同校は一同、驚喜し、大変な騒ぎになったそうです。

☆ 先生の行動に触れ、私は感動で胸が震えました。子供を大事にするか

否かで、その思想、運動が本物かどうかが分るといいます。

先生を見習わずして未来部の育成は出来ない。・・今でも 心に期す 私の

誓いです。 未来を創る (石黒正司)より 引用

    A11珍念のひとりごと です。

  感動しました・・涙が溢れて止まりません・・不肖 珍念 池田先生の

真心に・・悪しき煩悩も・・雪を溶かすように消えていきました。

もう一度・・先生に初めてお会いし、激励を受けた時の 感動を 忘れずに

25歳の青年の息吹で、頑張ります。

「脳はなにかと言い訳する」 (@_@;)

「最近、歳のせいか記憶力がめっきり落ちて・・」よく耳に

する言葉だが、実は「年齢のせい」ばかりではないらしい。

☆ 脳科学者の池谷祐二氏によれば、好奇心や探究心がわいた

時に初生する「シータ派」という脳波を増やせば、(若者と同じだけの

記憶力を発揮できる)と

☆ シータ派を妨げるのは「そんなこと、やらなくてもわかるよ」とか

「どうせ、この前と一緒でしょう、面倒だなあ」などという気持ちだという。

{脳はなにかと言い訳する}祥伝社。脳にとって、(マンネリ化)こそが

最大の敵なのだ。

☆仕事、生活、人間関係・・ともすれば同じことの繰り返しに見える毎日。

だが、日蓮大聖人は「餓鬼は恒河を火と見る・人は水と見・天人は甘露と見る」

と仰せだ。物の見方に、その人の境涯が表れる。毎日が「同じまま」に見える時、

それは、自分のほうが(同じまま)でいるかもしれない。

☆ スイスの哲学者ヒルティは、若さの秘訣を問われ:「つねに新しいことを

学ぶ事」と答えた。どんな小さなことでもいい。「どうせ○○なのだから」

(めんどくさい)と言った言葉を捨て、新たな挑戦の一歩を踏み出そう。

その積み重ねが「生涯青春」の人生を築いていく。「名字の言」(之)引用

    A11珍念のひとり言 です。

▼ 愚か者の珍念・・深く思い当たる事ばかりです・・恥ずかしいです。

少しばかり・・心が・・清らかになっているように 感じています。

なにせ「悪いほうのレントゲン」でした。 あの人がどうとか ( ^^) _旦~~

人のせいに したり 人の欠点ばかり 目についていましたが、

この頃、不思議に・・同じ人をみても・・周りの景色も、とても よく

見えるようになりました。 いろんな 悩みや 苦しみも ありますが

逃げなくて、喜んで頑張れるように 心が躍動しつつあります。

☆「今日、種を蒔く勇気を持つ者が、明日、その果実を収穫する」

南米アルゼンチンの闘士・エスキベル博士は青年に語った。

私が共に対談集を発刊した、戦う知性である。過去がどうあれ

くよくよと囚われる必要はない。大事なことは、今、いかなる種を

蒔いていくかだ。御聖訓には、「命巳に一念ににすぎざれば仏は

一念随喜の功徳と説き給へり」と仰せになられている。

☆ 何があろうとも、南無妙法連華経と唱えゆくならば、その時

その刹那から、我が生命に元初の太陽が鮮烈に昇りゆくのだ。

いっかではない。「今」この時に、自分自身の一念を変える。

命を革める。これが「『人間革命』の喜びである。

未来の勝利は「今」にあり。すべては(今」から始まる。と

池田名誉会長は語る。

☆ 今日は「猫の日」記念日です1987(昭和62)年に制定された。

「ニャン、ニャン、ニャン」をもじった2月22日に決まった。

{牛蒡尻}{五分尻}っていったいどんな猫 (^^♪

さて、昔から猫好きだった日本人だが、江戸時代中期以降になると

とくに短尾の猫がたくさん登場、なかでも歌川国芳の作品は短尾の

猫だらけだ。短尾は(牛蒡尻{ごぼうじり}「五分尻(ごぶじり)」などと

いう方言で呼ばれ、人々から愛されたが、逆に長尾は蛇のようだと

気味悪がられた。」歳をとると先が二股に避けて化けると信じられて

いたため、尾を切り取ってしまう習慣さえあった。

でも・・珍念 、猫は大好きです・・人に媚びなくてプライドがあって

面白いです。そうそう・・我が家に甘えん坊のハスキー犬が威張って

います・・珍念・・妻から飼いならされています (-_-)/~~~ピシー!ピシー

あ・・いけない つぃ またまた・・減らず口を閻魔さまから・・

しかられる・・ぅうう 是にて失礼します!

「ただ心こそ大切なれ」§^。^§

  A11 珍念のひとりごと です!

珍念・昨日から、プレハブ小屋で書籍の整理をしていて

ふと、興味深い記事を見つけましたので紹介します。

読者の皆さま・ちょいと長くて面白くないかも! (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

▼親切な運転手さんのタクシーに乗った日は、一日中気持ちが

明るくなる、という話を聞きました。確かにムスッとした顔で、乱暴な

運転をするタクシーに乗り合わせた時は、損をした気分になるものです。

▼すると「タクシーなら途中下車できるけど、一度もらった女房は、いくら

離婚がはやっているといっても、そう簡単に取り換えられない」と笑いながら

A氏が言います。続いて「こっちは一カ月のサラリーを全額、家庭車のガソリン

代に充てているのに」とB氏。こうなると女性軍も黙っては、いられず「経済の

やりくりから子どもの教育、PTAや近所のつきあい、全部奥さんに任せて

いるくせに」と終点しらずの水掛け論になります。

▼さて私達は、さまざまな生活の条件に囲まれて生きています。

神経痛で足が動かないおばあちゃんの世話、気になる子供の成績

娘の嫁入りの支度の貯金、血圧の高い主人の特別食の調理と数えたら

キリがありません。もし、これが、なかったらどんなに楽でしよう。

でもそれは、全くの希望的幻想です。一見何事もないような平凡な生活

の中にも厳しい現実の風波は、いやでも押し寄せているのです。

▼それだけではありません。思いもかけぬ事が待ち構えているのが

人生です。子供のできない夫婦がやっと養子に迎えた子供が重い病気

になる、人も羨む幸せな結婚をして、三か月目に夫が交通事故で

植物人間に。何も悪い事をした覚えはないのに、なんといろいろの

悩みに出会うことでしょう。 しかし、この悩みに負けて愚癡の人生

をおくるか、正面から悩みと取り組んで、解決していく力強い人生を

選ぶか、明暗の分かれ道はここなのです。

▼人間が生き続ける限り、悩みは果てなく続きます。どんなに嘆こう

と悲しもうと、現実の悩みは消えてなくなるわけではありません。

こんなはずではなかったと、タクシーから降りるように、悩みから逃げ

出すこともできません。この悩みを解決するたくましいエネルギーを

生みだす源泉、これが正しい信仰なのです。妙法の力です。生命が

もともと持っている力、困難な人生を踏破していく力、あなた自身の

眠っているその力を引き出すのが、正しい宗教、日蓮大聖人の

仏法なのです。

▼ほんの十数分つき合うタクシーの運転手さんですら、一日の

明暗を分けることがあるのです。まして、生涯を共にする夫や

可愛い子供たちにとっての妻や母は、彼らの人生の明暗を分ける

存在であると言っても、決して言いすぎではないと思います。

その妻や母が妙法を根底にした家庭は、あたかも太陽の光が

さんさんと降り注ぐように、温かさに満ちています。 そして

どんな不幸にも負けない盤石な家庭から、途中下車をしたがる

家族は、きっと一人もいないでしょう。

何があろうとも、すべて、よい方向へ、元気がでる方向へ

変毒為薬の方向へ、朗らかに強く受け止めていくことである。

そうできるのが信心である。この微妙な心のもち方、一念の

方向性によって、幸・不幸は大きく左右されてしまう。

どうせ生きるならば、すべてを前向きに、楽しく、とらえて生き

たほうが幸せである。その、たくましさ、喜びの一念が、宿命転換

を急速に実現していくのである。と

池田名誉会長スピーチ 引用

あれれ・・珍念・・ へらず口が・・(@_@;) いけない 閻魔さまから

しかられる・・ぅう こっそり 懺悔して,頑張ります。・・!(^^)!

珍念の(宝物)!

▼ある国にトウモロコシ作りの名人がいた。どうして良い作物を

作れるのか。秘密を探っていくと、彼が、自分の農場でとれた

良質の種を惜しみなく隣近所に与えていたことが分かった。

▼なぜ? 彼は明快に語った。トウモロコシの花粉は風によって

あちこちの畑に飛ばされる。ゆえに近隣の人が品質の悪いもの

を作れば、受粉によって自分のトウモロコシの品質も下がる。

良いものを作るには、皆が良いものを作れるように手伝わ

なければならないと。

▼アルゼンチンの人類の闘士エスキベル博士が池田SGI会長に

語った話である。{人権の世紀へのメッセージ}東洋哲学研究所。

これを通し博士は「平和に暮らしたければ、周りの人を平和に

しなくてはならない」と

「汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を禱らん者か」

と、宣言された日蓮大聖人の「立正安国」の魂と強く響きあう

自らの幸福を願う者は、人々の幸福・社会の繁栄・世界の

平和を祈り、その為に行動を起こすべきなのだ。

コラム「名字の言」(進)引用

  A11珍念のひとりごと です

真に偉大な哲学は、未来を開くためにある。

真に偉大な指導者は、若き後継者のために行動する。

池田先生の姿を通し、そう心から感じたのは、ある会合でした。

▼それは昭和43年6月16日(1968年)「福岡市・九電記念体育館」で

青年部の記念撮影会が行われた時の出来事です。撮影が終わり

突然・池田先生から・両親が亡くなられた人・失業中の人はこの場に

残りなさいと、20数人集っていました。思いもよらない、ことが!

まさに「驚天動地」の出来事でした。

珍念・池田先生にお会いしたのは、今回で三度目でした。

愚かな「珍念」・・失業中でした・・恥ずかしいやら、嬉しいやら心中

穏やかでは有りませんでした。 始めてお会いした時の情熱が薄れて

いました。 先生は、いろいろ 激励をされました。 全員先生の書籍を

戴きました。 珍念のは 他の人とは 違う本を戴きました。

「戴いた本は大事に保存しています」

先生のまなざしは・・まさに「レントゲン」のようでした。

握手をして頂きたいので手を伸ばしかけて・・はたっと

止めました。

「全員に握手をしたいけど、ちょっと 出来ません」・・と 珍念

まざまざと 先生の手を見て、驚きました。。両手が赤く

腫れていました・・珍念 心の中で、偉大な先生から絶対に離れ

ないぞと固く固く誓いました・・あれから・・42年過ぎました。

珍念 今も・・まだ 悪しき煩悩に身を焦がしています・ (-_-;)

まだまだ 修行がたりませんです。 46年前の清らかな

心の珍念になるように・・決意しています。 

あ・・またまた・・舞いあがって・・ちょうしのよいことを!閻魔さまから

舌と髪の毛を・・毟られる・・もう消えます・・(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

言葉だけの励まし(-_-;)

長年、がん患者に接してきた医師が語っていた。

▼ある患者から、「先生は、いつも私に(頑張りましょう)と

言うけれど、私は、もう十分に頑張ってきた。これ以上、

どうすればいいのか」と指摘され、表面的な「言葉だけの

励まし」であったことを猛省。医師である前に一人の人間

として、同苦の心を忘れてはならないことを実感したという。

▼仏典には{仏は少病少脳}とある。悩みや苦労がない人間に

他人の苦しみは理解できない。自分自身にも病気や人生の

悩みがあるからこそ、苦しむ人々に真に寄り添い、立ち上がら

せていけるのではなかろうか。

▼今、各地の座談会で、体験談が生き生きと語られている。

子育てや人間関係など、さまざまな苦難と戦いながら、明るく

前進する創価の友。其の言々句々は、現実の生活闘争ゆえに

重く、その励ましの姿は、地域の依枯依託と光る。

▼戸田第二代会長は叫んだ。「貧乏人と病人を救うのが本当の

宗教だ。いかに嘲笑されようとも、その人たちのために戦うのだ」

と、。ありのままの姿でよい。わが人生を戦い抜き、同苦の心で

人々を励ます。苦労は買ってでもする。それが人生を勝利し、

社会に幸せを運ぶ根本の生き方と知りたい。

コラム名字の言 (立)引用

   A11 珍念のひとりごと です。

伝教大師は、次のように述べている。

「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心有るの人を名づけて国宝と為す」

と。古人のいわく、軽寸十枚これ国法にあらず。一隅を照らす これ

すなわち国宝なりと!

▼宝物というと、人はすぐに「大きな宝石」などを、思い浮かべますが

たとえ軽寸十枚(直径一寸=約三センチもあるような大きな宝石が十個)

といえども、真の宝とは言えない道心こそが宝であり、道心のある人が

国の宝である。では、道心のある人とはどうゆう人かといえば、一隅を

照らす人である。したがって、一隅を照らす人が国の宝である。

▼「ふくろはくさけれども、つつめる金はきよし。池はきたなけれども

蓮清淨(はちすしゃうじょう)なり。日蓮は日本第一のえせものなり。

法華経は一切経にすぐれ給えへる経なり。心あらん人、金をとらんと

おぼさば、ふくろをすつる事なかれ。蓮をあいせば、池を憎む事なかれ」

と、日蓮大聖人は仰せです。

袋は汚いけれど、中に包んである金は清い。池は汚いがそこに咲く蓮は

清浄である。日蓮は日本第一のえせ者であるが、(所持する)法華経は

一切経のなかで最もすぐれた経文である。心ある人々よ、金をとらんと

思うならば、袋を捨ててはいけない。また、蓮を愛するなら池を憎んでは

いけない。と

▼ 袋汚くても 黄金を捨てることなかれ!とは

袋入れ物(外観)が汚いからと・・中身の黄金まで捨てる

愚かさを仏典では戒めています。

実は、私たちは服装や学歴・肩書・財産・などで人物を判断する

傾向がなきしもあらずですが!

あ・・つい・・いららず能書きを。 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

いそいで消えます!

人も木も適材適所に(^^♪

現存する木造建築で世界最古とされる法隆寺の五重塔。

名もなき匠たちが心血を注いだ技と智慧の結晶だ。

その改修に携わる宮大工の世界には代々伝わる口伝が

あるという。

▼その一つが「用材は木を買わず山を買え」。山の中腹

以上の木は風雨に当たるので強い。栄養分が豊かな谷

の木は太いが柔らかい。育った場所まで知らなければ、真に

木を生かして使うことはできないとの意味だ。また「木組みは

木の癖で組め」。強い風が枝に当たり続ければ、幹は捻じれ

て(癖)がつく。癖のある木は厄介だが、素直な木より強い。

だから右にねじれた部材は、左にねじれたものと組み合わせ

れば、強靭な力が生まれる。

▼人間の性格や才能もまた千差万別だ。型に嵌めたところで

本来の力は出まい。一人の人をどこまで知ることができるか。

短所を包み込んだ上で、いかに長所や美点を生かしていけ

るか。リーダーがこの一点に心を砕いてこそ、後輩は伸び伸び

と成長できる。

▼仏法では、生命の限りない可能性を説く。その人間に秘めら

れた力を、信じぬくのが仏法のリーダーである。

友の心を開き、延ばす誠実の対話から始めたい。

名字の言 引用

    A11珍念のひとりごと です。

天邪鬼・変人・ノー天気の「珍念」・・とてもじゃないが犬小屋の

用材にも(余りにも癖が多すぎて)なりませんです。

変なプライド?を・・反省しています。反省・反省で今日も

暮れそうです・・・日光のお猿さんより 劣っています。

優れているのは悪智慧が多いです・・お猿さんより (-_-;)

昨夜・黒澤明監督の「まあだだよ」を見ました。

「まあだだよ」は、黒澤明の遺作となった。1993年東宝公開

[百鬼園随筆]などの随筆家内田百閒の随筆を原案に、戦前か

ら戦後にかけての百閒の日常と彼の教師時代の教え子との

交流を描いている。大変味わい深い作品でした。

▼内田百閒さんが、いっか憤然として、こういう話をした。

「うちの近所に、盲学校があって、目の不自由な子供たちが

歌をうたっていた。「白地に赤く日の丸そめて、ああうつくしや

日本の旗は」・・めちゃくさです。腹が立って、泣きそうになり

ました」 まったく無神経な話である。

▼それで思い出したのは、ずいぶん前だが、テレビを見て

いると、森繁久弥さんが、やはり目の不自由な子供たちの

前で、歌っていた。「七っの子」という、童謡である。

「からす、なぜ鳴くの。からすは山に、かわいい七つの子が

あるからよ」と歌って行く。二番は「山の古巣へ、行ってみて

ごらん」というのだが、森繁さんの表情が一瞬こわばった。

舞台に出ていて、セリフが思い出せずギクリとしたような感じ

の顔だった。

なぜそんな顔をしたのかが、すぐわかった。森繁さんは「まるい

目をした、いい子だよ」という歌詞にぶっかって、こまったなと

思ったのであろう。しかし、歌は、わずかなタイミングのずれは

あったが、「まるい顔した、いい子だよ」と歌われたのである。

森繁久弥さんの人を思いやる真心に・ 思いを馳せています。

森繁さんの行動が永遠に残る名演技でした。

珍念も、そうなりたいです (●^o^●)

二足の靴§^。^§

真に偉大な哲学は、未来を開くためにある。

真に偉大な指導者は、若き後継者のために行動する。

池田先生の姿を通し、そう心から感じたのは、ある会合だった。

▼それは昭和44年2月11日、愛知県体育館で行われた中部

幹部会の宿舎での一コマでした。打ち合わせが終わった途端、

池田先生が、おもむろにポケットから白封筒を出し、担当の

幹部に、「これを、今日の会合で合唱してくれた高等部員の

中の二人に渡してください」と言われたのです。

{二人?}幹部は首をかしげました。すると先生は「分らないのかい。

ほら、合唱してくれたメンバーの中に、自分の靴を履いていない子ど

もが二人いた。一人はブカブカの皮靴を履いていた。あれはお父さん

のかな。もう一人は古いズック靴だった。

その二人を見つけ出して、これを渡して、靴を買うようにしてあげて

ほしいんだ」と語られたのです。

▼翌朝から、合唱メンバーに聞き回りました。「どんな靴を履いて

いましたか」と。二人は見つかりました。先生のおっしやる通りでした。

二人とも高校3年生でした。共に家計が厳しく、アルバイトをしながら

大学受験に挑戦していました。先生からの思いがけない真心に

二人は目にいっぱい涙をためていました。

▼それにしても、いったい誰が、高等部員の履いている靴にまで

気を留めるでしょうか。先生は未来部を最も大事にされます。

それは先生の中に未来が有り、先生の存在こそ未来そのもの

だからです。(中村惇)引用

  A112珍念のひとりごと です。

珍念・21歳の時・はじめて池田先生に「昭和39年6月18日学会本部」

で、お目にかかり、大激励を受けました。昨日のように感じられます。

光陰矢の如し・・もう あれから・46年経ちました。

珍念・・・まだ・まだ・心が・、八風に揺れ動いています!

揺れてないのは髪の毛だけです。ん・毛がちょっとしかないんです。!(^^)!

「我が一念、我が境涯を変えることで、一切を幸福へ、幸福へと

変えていける」と 池田名誉会長。

珍念・・25歳の青年の自覚で・・ 走ります・・ (●^o^●)

梅の花 (●^o^●)

A112 珍念のひとりごと です

珍念・愛犬と久しぶりに近くの公園に散歩に行きました。

白梅・紅梅・の花が朝もやの中に凛と輝いていました。

昔から・相性の良いものの例えを「梅に鶯」と言いますが!

その枝に小鳥がとまって、さえずっていました。

ふと、「うぐいすのなく野辺ごとにきてみれば うつろふ花に

風ぞ吹きける」( 詠み人知らず){古今集}を思い浮かべました。

古の旅人はロマン溢れる心の豊かな人がいたのかなぁ。

と、珍念 ・・思いを馳せていました。 

ん・何かが、弾けました。? 恩師の教えが蘇りました。§^。^§

▼人の心は微妙である。全員が自分と同じ信念、志とは限らない。 

その千差万別の人の心を、どう一つに纏めて前に進むか。

熱弁か報酬か。 あるいは脅しか刑罰か!

実は、そのいずれでもない。 もっとも肝心要の一点は

「想像力」があるかないかだというのである。

つまり険しい断崖に突き当たれば、その彼方に広がる青空を指さす。

厚い雨雲の下にあれば、その上に輝く太陽を思い起こさせる。

いわば、「人々の胸に希望の空を広げる力」とでも言えようか。

確かに英雄と呼ばれる人物には、そうしたエピソードに事かかない。 

「三国志」の曹操。炎天下の行軍で皆、喉が渇き切ってしまった。 

もう一歩も歩けない。そこに彼の声が響いた。

「あの山を越せば梅の林があるぞ」。すっぱい梅の実を

想像した途端、兵士の喉の渇きは止まり元気に前進を始めた。

仏典には「空飛ぶ鳥と駕籠の鳥」の譬えがある。

{我が己心の妙法蓮華経を本尊とあがめ奉りて我が己心中

の仏性・南無妙法連華経とよびよばれて顕れ給う処を仏と

は云うなり。譬えば駕籠の中の鳥なけば空飛ぶ鳥のよばれて

集まるが如し。 空とぶ鳥の集まれば駕籠の中の鳥も出でん

とするが如し。口に妙法をよび奉れば我が身の仏性もよば

れて必ず顕れ給う。}と 読者の皆さま・・ちょいと 難解な

言葉ですが・・通解です・・でも・・・甚深の法門です・( ^^) _旦~~

自己の一念の奥底に具わっている妙法連華経を本尊と崇拝し

御本尊に南無妙法連華経と題目を唱え、己心にひそむ仏性す

なわち、南無妙法連華経の大生命が顕れてくることを仏という

のである。

例えば、駕籠の中の鳥がさえずれば、外界の空を飛んでいる

鳥がよばれて集まるようなものである。

空飛ぶ鳥が集まって、さえずれば、駕籠の中の鳥も出でんとする

ようなものである。(珍念・幼少の時メジロを捕りにお伴したことが

あります・・・駕籠の中に囮の鳥を入れて泣かせます。 その付近に

鳥モチを仕掛けて捕獲していたことを思いだしました。)

口に南無妙法連華経を唱えれば、自己の胸中にひそむ仏性も

呼ばれて必ず、あらわれてくるのである。と

また、空飛ぶ鳥が集まってくるように、大宇宙のリズムと私たちの

生命のリズムが冥合し、一念三千の働き、力、功徳というものが

私たちの生命に雲集するといえます。

あ・・難解な・迷説法を・閻魔さまから・減らず口を叩かれる・・o(*^▽^*)o

きえます・・・(;一_一)

世界とのつながりを見よ §^。^§

私は生まれつき感謝の念が薄く、受けた好意を忘れて仲たがい

するなど、とかく忘恩に陥りがちだった。とゲーテは書いている。

正直な自己省察だ。それ自体が文豪の資質を物語ってもいよう。

ところで彼は、どのように{忘恩の自己改革}を試みたか。

▼まず身の周りの品々をみつめる。贈ってくれた人、入手に

尽くしてくれた人、貴重な品に刻まれた思い出などに心を馳せる。

すると身辺にあるものが「生命」を得るという。「私たちはこれを見

て、起源にさかのぼる、精神的な、愛情ぶかい、結びつきを思い

おこす」

▼牧口初代会長は「人生地理学」の中で、暮らしの品々に世界

とのつながりを見よ、と促した。衣服は、豪州産の羊毛を原料に

英国人が鉄と石炭を使って加工してくれたもの。ランプの明かり

は、コーカサスの油田から。眼鏡のレンズは、ドイツ人の精巧さ

のおかげ・そう考えれば侵略戦争など、まさに忘恩の所業だろう。

▼物に心を見、人を思う。「形見」の品を大事にしたのも、それゆえだ。

昨今は、心を感じられない「唯物主義者」が増えている。

「忘恩の文明」を転換するには、万物に縁を感ずる命の躍動が

必要だ。それが、平和への確かな礎となる。(名字の言)引用

    A11珍念のひとりごと です

( ^^) _旦~~・・う・・ぅうう 「名字の言」に座布団10枚差し上げます

愚かな、珍念・いっも 独断と偏見の「コメント」を述べていますが、

今日は・・鼻血も、ぐうの芽 も 出ませんです・・恥じています (-_-;)

「忘恩の文明」に心が汚れています・・切腹ものです。

もう一度パソコンのように 「初期化」出来ればなぁ と 珍念、変な

妄想を抱いています。先日、46年前・池田名誉会長から貴重な

お土産を戴いていましたので 永遠に保存しようと思い探しましたが

見当たらなくて、一瞬 体が固まり慌てました。生まれて初めて

一大事と肝を冷やしました。 幸い無事に見つけました。

そうそう・・品物もですが、池田先生から激励された事も、忘れない

ように、実践していく決意です。 (●^o^●)

迷信を打ち破る(●^o^●)

上方落語の大看板,故・橘ノ圓都師。90歳で亡くなる直前まで

かくしゃくと高座を務めた。1965年11月の貴重な録音を聴いた。

演目は、「丙午」。「丙午」といえば、江戸時代あたりから「この年に

生まれた女性は気性が荒い」などという、差別的な迷信が生まれた。

もちろん、根拠はない。落語「丙午」では、登場人物が「そんなこと

は迷信です。あるべきこっちゃない(ことではない)と、はっきり

「丙午の迷信」を否定する。

▼実は、翌66年が丙午だった。圓都師は「丙午生まれ」の女性が

差別され肩身の狭い思いをしないよう、この落語を選んだ。

冒頭「この開けた世の中に、迷信ということが、どうもいまだに

止まんようであります」と語り出す。

▼日本社会の特筆は「宗教嫌いの神秘好き」とも。「宗教なんて

迷信さ」と言いながら、年や月・日の吉凶を気にする人も多い。

釈尊は「結婚の日取りの占いをしてはならない。いい日にするから

幸福な結婚ではなく、有徳の人とするなら幸福な結婚となる」

(ディーガ・ニヵーヤ、趣意)と述べている。

▼「仏法と申すは道理なり」 日蓮大聖人・・迷信・差別・偏見・・

その根拠のなさを、賢明な目で見抜き、真の「開けた世の中」

にしたい。 コラム 名字の言 引用

  A11 珍念のひとりごと です。

珍念 10年前から大病で仕事を辞めて毎日が日曜日の

満ち足りた日々を過ごしています。 妻には苦労をかけて

います。 医師から治療方法がないといわれ、腹を決めて

病魔と熾烈な闘争を繰り広げ二度目も命を永らえました。

近くの医院の先生が、珍念さんは 凄いですね。あれだけの

事故や・大病に負けないでと・・驚かれていました。

大勢の方たちの励ましと・祈り・に御恩返しをしたいと

思っています。

この前、自称「無神論者」の叔母さん、と 10年ぶりに

対話をしました。 珍念にとっては、一番苦手な方でした。

私も多弁ですが・・良く耐えて2時間ぐらい、ご意見を伺い

ました。・・・いやぁ・・人の話を聴くのは苦痛ですが、全部

話されて・・ほっと 一息されて・・私の言葉を待ってあり

ました。 

▼珍念・・疑問点を 整理して 信仰すれば、不老長寿の

人生が、まっているわけがない。病気にもなり・事故にも

あうこともある。 問題はそれらをどう受け止め、立ち向かうか

苦境にも立ち止まらず、前へ、未来へ向かって進むか!

自分の中に、本来、無限の力が具わっている。この力は、万人

の胸中にあり、だれもが自分の可能性を大きく開くことができる。

この内面の力を開発し、発揮させてこそ、(力ある哲学)と言える。

日蓮大聖人が 「叶ひ叶はぬは御信心により候べし」 と

あなたの願いがかなうか、かなわないかは、どこまでも自分自身の

信心による。大いなる希望と、具体的な目標をもった、強い祈りを

貫くことである。祈りの通り、行動することである。信心は自分の

ためである。行動は自分のためである。法のため、友のため、

社会のために、動くことが、体で経を読んでいる姿であり、全部、自分

自身の大功徳となっていく。池田名誉会長スピーチ 引用

と,意見を述べました。・・叔母様は・びっくり した様子でした。

そうそう・・お土産の饅頭を一緒に戴きました。 そのとき、ふと

叔母様が お饅頭も食べないと 味はわからない。信心もやって

みなくちゃ判らないのね!と感想を述べておられました。

珍念 我が家に帰りつくのに、どの道を通ったか覚えていません。

自分の思いを述べた事に嬉しさが溢れていました。

大病を克服したのも嬉しいですが、久しぶりに 対話をさせて

戴いたのが一番うれしいです。 

あ、ぅう また能書きを 閻魔さまから・・。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

「カメレオン」に学ぶ (^^♪

中国の昨年の新車販売は1364万台。アメリカを抜き

世界一を記録した。生産台数でも1位が確実視されている。

▼頂点の座にあった、アメリカの大手ゼネラル・モーターズ

の破綻は、覇者の交代を象徴している。ガソリン高騰や

金融危機といった時代の変化に、大きくなりすぎた米業界

は対応できなかった。日本は、生産台数で中国に首位を

譲ると予想されるものの「トヨタ」のリコール問題も有ります

が、省エネブームを追い風に、エコカーが世界をけん引する。

▼進化論を唱えたダーウインの考えから、{強いもの、賢いも

のが生き残れるのではない。変化に対応できるものが生き

残れる}と言われる。めまぐるしく変わる環境に対応できな

ければ、勢力を保つのは、難しい。それだけでなく、変化が

加速するにつれ、ただ対応するだけでは済まなくなる。

▼横河電気の内田勲会長は、経営者に「変化が起きてから

対応するのは難しい。自ら変化を起こすことが一番大切だ」

(北國新聞)と語る。 コラム 名字の言(陸)引用

   A11 珍念のひとりごと です

変幻自在の忍者 カメレオン ? (●^o^●)

カメレオンと言うと、廻りの色に合わせて変幻自在に体色を

変える事ができ、まるで忍者のように思われていますが、実際

は廻りの色とかに溶け込んでしまうほど変幻自在ではありません。

基本的に「カメレオン」が体色を変化させるのは、廻りの温度や光の

強弱、そして感情などによるものです。しかし、廻りの温度や光の

強弱による場合は、カメレオン自身が自分の目で見て判断してい

るのではなく、皮膚の神経が光の強弱などを感じ取って、変化さ

せているのです。カメレオンの皮膚の直下にある色素細胞の粒が、

神経の働きによって広がったり収縮したりするため、色変化が起こる

とされています、また感情にも左右されます。怒った時には、ある種は

黒くなったり、或いはメリハリのある色になったり、中にはハデハデな

色彩になる種もあります。他にも発情色・婚姻色・妊娠色と言われる、

その時期になると見ることが出来、擬態とは、生物が周囲の環境と容易

に見分けがつかなくなるように、自らの色彩や形状を変え行動すること。

進化の過程で形状や色彩を手に入れたものや、状況に応じて体色や形状

を適宜に変化することができるもの(タコ、イカ、カメレオンなど)がいる。

保護色は擬態の一つである。

カメレオンは「防御システム」を保っ優れもの §^。^§

珍念・・もっているのは、カメレオンも驚く心の揺れです 。

いっも 風にそよぐ柳の枝のように靡いています。

「池田名誉会長の指導」を思いだしました。

▼自身に生きる・・あの人がこうだとか、あの人がこう言った

とか、この人がこう言うからとか、それは他人に生きている

姿である。自分自身に生きてこそ、人間は真の{底力}を

発揮することができる。 

あ・・そうでした・・カメレオンに負けないように、自らが変わる

ことが先決と決意しました。愚かな・おろかな・珍念です

あ・・またまた・・へらず口を ・・。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

          

新しい出会い§^。^§

ヴェルコール作「海の沈黙」は、フランス・レジスタンス

(抵抗)文学の白眉である。映画化作品が近く日本でも

公開される。

▼ナチス占領下のフランス・・ドイツ人の将校が、ある

一家を訪れる。礼儀正しく教養豊か。フランス文化に魅せ

られてきたという。が、侵略者にどうして心を開くことなどで

きるだろう。一家は、深い沈黙をもって応じる。

▼やがて将校は、激戦の東部戦線へ転任に。別れの日

娘が初めて口を開く。「アデュー(さようなら)」と。限りなく

「ポンジュール(こんにちは)」に近い、ひと言ではないだろうか。

別れというより、「人間」同士としての新しい出会いへの挨拶

であったにちがいない。

▼若き日の池田名誉会長が作詞した「森ケ崎海岸」はキリスト

教の信仰へと向かう親友への、変わらない友情の思いをうたっ

たものである。「君に幸あれ わが友よ つぎに会う日は

いつの日か」立場や信条などの一切の違いを超えて、相手の

幸せを祈る。そこから新しい前進と勝利のドラマも始まろう。

コラム 名字の言 (克)引用

    A11珍念のひとりごと です

▼人との出会いは、おしゃべり大好きの筆者は、嬉しいです。

でも・・調子に乗って自分の考えを「べらべら」述べて友人が

貝のふたを閉じたような 反応が時々あります。

珍念 いっも 対話の時は・・相手の話を良く聞くことが

やや・・? うんとです・掛けています。 そのたびに、後で

自分の「へらず口」に悩んでいます。(-_-)/~~~ピシー!ピシー!

口中に?が「一つは相手を切り裂く斧の口」が・もう「もう一つは普通

の口」かも知れませんです。ん・4つ・5つ あるかも! (-_-;)

▼池田名誉会長は・・「心を打つものは、やはり心である。たとえ

雄弁ではなくとも、語る人の誠意と真心、そして感動の込められた

言葉は、おのずと相手の心を動かすものである。

反対に、口先でいかにつくろっても、心のこもつていない言葉は

決して相手の心に入っていかない。

自分の心の底から発した真実の言葉であるかどうか。

ここに、納得と共感の語らいを生む源泉がある。

愚か者の「珍念」恥じています・・・今日も 儘ならむ悪しき

心と戦っています。 

あ・・話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は”口害”とも

いわれる。 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば

もうだれも見向きもしない」と手厳しい。

珍念・・消えます ( ^^) _旦~~

師弟の絆は永遠に輝く (●^o^●)

 昨年11月にテレビ放送が始まった司馬遼太郎原作の

ドラマ「坂の上の雲」。明治時代、近代国家の建設へ

星雲の志を胸に駆けた青年の姿が描かれている。

▼明治38年、日本は日露戦争に辛勝。だが昭和に至り、

無謀な侵略戦争へと進んで破滅した。その要因として

指導者の傲慢、組織の硬直化等の問題が指摘されて

いる。時代を開いた建国の父たちが国の行く末を見つめ

全力を挙げていた時代はよかった。 しかしそれがなくなる

と亡国への坂を落ちてしまった。

▼建設は死闘、破壊は一瞬。この歴史は建設と共に

「継承・発展」の難しさを教えている。

草創のエネルギーを持ち続ける組織は、永遠に発展

する。だが世代交代と共に、そうした力は失われがちだ。

だからこそ原点を忘れず、精神性を継承する努力が

重要となる。

▼池田名誉会長は「師弟なくして、自分の時代だけで

終わってしまえば、これは{小さな劇}のようなもの」と

述べ、「大河の流れのように、悠久たる人類の流れ」を

つくることの大切さを語る。

▼時代や状況が変化しても、確固たる師弟の流れが

あれば強い。豊かな精神が脈動していれば、永遠に

青年の気概で前進できる。本年、学会は創立80年。

師弟を根幹に渓流のごとき瑞々しさで成長を続けたい。

      A11  珍念のひとりごと です。

きょうは、戸田第2代会長生誕110周年の記念日。

珍念、戸田先生とは、お目にかかったことは、有りませんが

池田名誉会長のお話で稀有の大師匠の偉大さを教わり

ました。

▼戸田先生の生家は石川県(現在の加賀市塩屋町)にあった。

そこには、杏の木が植えられていた。

杏は、厳しい寒さにも負けない。いち早く薄紅色の花を咲かせる。

北国では、「春を告げる花」として愛されてきたという。

果実が甘いことは有名だが、種も滋養に富、薬にも用いられて

いる。杏仁豆腐にも、杏の種が使われている。

実は、戸田先生の生家にあった杏の子孫にあたる苗木を以前

北陸の同志が届けて下さったことがある。私は、嬉しくてうれしくて

その恩師ゆかりの杏を大切にした。

そして、八王子の「牧口記念庭園」の丘に植えさせていただいた。

同志の真心を、絶対にムダにしてはいけないと思ったからである。

▼牧口庭園には、春になると、恩師ゆかりの木々をはじめ、五百本

を越える杏の花々が香しく咲き誇る。一本の木を原点に、今、五百本

の花園が出来上がった。五千本の桜もある。さらに庭園には、牧口

先生の胸像があり、戸田先生の胸像があり、馬上のナポレオンの

像があり、本当に名画のごとき光景である。

私は、「ああ、すばらしいな」「牧口先生も、戸田先生も喜んでおられる

な」「ここを訪れる同志の方々も喜んでくださるにちがいない」

そう思って見つめていた。 

▼そこで、私は、この牧口庭園の美しい五百本の杏全体を

「婦人部の木」「女子部の木」と決定させていただきたい。そして

一本一本に命名させていただきたい。まず日本全国の各県

東京各区の婦人部の木・女子部の木・また、女性の各部・各

グループの木も、名前を留めることを提案したい。

杏の原産地は、中国である

孔子と弟子たちが、杏の花のもとで学んだという、優雅な逸話がある。

また、慈悲深い名医が患者から治療費を受け取らずに「代わりに

杏を植えてください」と頼んだ故事がある。やがて、壮大な杏の林

となり、その実りが人々のために役立てられたという美しい物語

である。(この故事にちなんで、医師、医院の別称を「杏林」という)

フランスでは、杏は、「不屈の精神」が花言葉だそうである。

一般に、杏は「長寿をもたらす木」として尊ばれている。

▼冬を越え、春に美しい花を咲かせ、初夏には見事な実りを

迎える杏の姿は、「知性」と「慈愛」「健康」と「長寿」そして「勇気」

と「忍耐」という彩りをもっている。どうか皆さま方の人生も、杏の

ごとくあっていただきたい。

▼杏の花園は、「女性の世紀」の希望の象徴である。

私は、皆さま方を守るのと同じ思いで、この花園を守っていく

決心である。「希望の花束」 池田大作 引用

▼読者の皆さま・・長々と・・恩師のことを述べました。

珍念のひとりごと は 今日はおこがましいですから

口を閉じます・・・あ・・杏を食べたくなりました。 §^。^§

ポンペイの町に思いを馳せる!

 A11  珍念・ 先日 福岡市博物館で開催されている

ポンペイ展」(3月7日まで)を友人と鑑賞してきました。

運命の“あの日”を迎えるまで、ここは“地上の楽園”だった。

☆ 西暦79年、ヴェスヴィオ山の大噴火によって埋没したポンペイ

「悲劇の街」として語られるポンペイはしかし、古代ローマ帝国最

盛期の人々の暮らしをそっくりそのまま閉じこめた巨大なタイム

カプセルであり、世界遺産の名にふさわしい「奇跡の街」でも

あるのです。

☆死者はおよそ2000人と推定されている。富豪の家に死者

が多く、両手に金貨や宝石を持って息絶えた人も見られたという。

噴火が一時収まりかけたのを見て、自宅へ行き、財宝を運び出そ

うとしたのかもしれない。

☆ポンペイ郊外の別荘から出土した大理石の浴槽と追い炊きまで

可能な驚くべき給湯システム、数々の美しい壁画や贅沢な家具、

神々の彫像、そして貴婦人の豪華なアクセサリーと

彼女たちを虜にしたグラディエーター(剣闘士)のヘルメットや

剣、家族が憩う中庭・・・。はるか2000年の昔とは思えないほど

高度に発達した古代ローマ文明のすべてが凝縮された

悠久のロマン溢れる「奇跡の街」ポンペイが「タイムマシン」

で鮮やかに蘇っているようです。

珍念…古のポンペイの町に思いを馳せています。

人生は何に価値を見いだして生きるのだろうか。

珍念、自分の癌の体験を何度か、ある会合でお話を

しました。同じような病気で苦しんでいる人に勇気と

希望を送れるように成りました。 得難い体験をさせて

貰いました。 

我が人生を何に使うのか。地位や名誉に生きる道

財産をなす行き方もある。しかし、いっかは消えてしまう。

読者の皆さま、は 如何でしょうか?

☆人間、何が幸せか。一日一日、「今日も、やり切った」

「今日も悔いがない」「今日も、私は勝った」という行動を

重ねることだ。毎日、毎日、自分として{これでよし}と言える

よう、精いっぱいの努力でいきる。その積み重ねが、大

勝利の人生となる。

平凡なようだけども、これが人生の「王道」であり、「王者の

道」である。

☆「広布に戦えば、生命は健康になる。法のため、同志の

ために行動した人は、生死を超えて、無上の「宝」を積んで

いける」と 池田名誉会長。

私たちの活動は永遠に心の財宝を積む実践である。

はるかな時空を超えての展示を前にあらためて、そう思った。

コラム「名字の言」 (敬) 一部引用

☆読者の皆さま・珍念の「コラム」いささか・我田引水と取ら

れるかも、知れません。珍念 心がまだ煩悩に覆われて

いますので・・ちと 語弊があるように感じられる方もなき

しもあらずです。  今日も能書きを垂れ流しました (-_- ;)

お気に障ったらお許しください。

あ・・・愛犬の散歩時間が・・妻から 叱られる、是にて失礼します。

賢者の生き方(●^o^●)

 19世紀を代表する天才作曲家・ショパンの誕生から

今年で200年。祖国のポーランドでは、その跨節を記念

し、コンサートはじめ1000以上の行事を予定している。

▼列強に分割され、圧政に苦しんでいた19世紀の

ポーランド。1831年には、独立を目指す民衆革命の動き

があったが、反革命の銃火によって鎮圧されてしまう。

異郷の地でワルシャワ陥落の報を聞いたショパンが

万感の思いをつづった名曲が、練習曲「革命」である。

▼古今東西の苦境、解決の糸口の見えない苦悩が

(原動力)となって、偉大な芸術や文学を生みだした

例は数知れない。順風満帆な日々を重ねているだけ

では、何も変わらないと言える。

▼牧口常三郎・初代会長は、日蓮大聖人の「今の世間

を見るに人をよくなすものはかたうど(味方)よりも強敵

が人をば・よくなしけるなり」との一節に傍線をひかれ、

深く心に刻んでおられた。

▼私たちの人生にも、様々な苦難の壁が立ちはだかる。

その時、苦難を悠然と受け止め、賢者として喜ぶのか。

それとも、愚者として退いてしまうのか。賢者の生き方

こそ、私たちの修行の真骨頂である。

コラム 名字の言(明) 引用

A11 珍念のひとりごと です

コラム「賢者の生き方」・・世相をズバリと捉えている

のは、さすがです・・いっも、含蓄のあるタッチで語って

いられる。「名字の言」の執筆者は、論文を書くだけでなく

「身読」(身で読む)で、臨んでいられる、と思います。

それにくらべて、恥ずかしいですが、珍念 口だけは

達者です・・ゆう事と、行いが一致しないんです。

きっと あの世で、閻魔さまから・「ヤットコ」で 二枚舌を

抜かれてしまう、怖いです。 (-_-;)

☆そうそう・・ガンジー」さん は、自分がしてないものは人に

進めない・やらせない・と それは、それは 立派な方でした。 

あ・・いけない 執筆者に対して釈迦に説法でした !(^^)!

メッキが剥げないうちに、退散します !

「女性はダイヤモンドの輝き」 (●^o^●)

イタリアの詩人「ダンテ」の生誕は1265年。

今年は745周年にあたる。混迷の中世後期を生きた

ダンテが、光明を見いだしたのは「女性」の存在で

あった。

▼ダンテ研究者の矢内原忠雄氏は言う。「ダンテ

ほど深く女性の価値を認識した人はあまり多くあり

ません」(「ダンテ神曲講義」みすず書房)と。例えば

「神曲」地獄変の第4歌。ここでは古代ローマ建国の

歴史が描かれており、建国に功労のあった男性と

共に、その母や妻や娘の名前が明記され、平等に

名誉が与えられている。

▼また「神曲」はラテン語ではなく、当時の一般女性

が読めるように、日常の話言葉であるイタリア語

(トスカナ語)で書かれた。さらに「神曲」の執筆自体

が、一人の女性への敬慕に導かれていた。信強く

心清き女性こそが、世界を変える力の源泉である

ことを、ダンテは確信していた。

同じ13世紀に「日蓮大聖人」が、あえてお手紙を「かな

文字」で書かれ、「男女はきらふべからず」と述べ

広宣流布への女性の使命を重んじた点とも深く

響き合う。コラム名字の言(進) 引用

   A11  珍念のひとりごと・です

 「平和研究の母」として名高いアメリカの

エリーゼ・ボールディング博士は八十七歳。今なお、

喀釈として、世界平和のために発言し、戦い続けて

いる。博士は語っておられた。

「真の幸福感は、深く心の通い合う人間関係の中に

こそある」と

まさに、その幸福と平和のネットワークを、日々

拡大しておられるのが、皆さま方である。博士は語る。

「文化とは、人間の生き方であり、振る舞いである。

したがって、「平和の文化」は一人ひとりが築いていく

べきものである。

一人ひとりが、日々、粘り強く、平和の振る舞いを持続

する過程のなかに、「平和の文化」は存在する。

そう強調しておられる。

☆御聖訓には

「不軽菩薩の人を敬いしは、いかなる事ぞ教主釈尊の

出世の本懐は人の振る舞いにて候けるぞ」(御書1174P)

と示されている。 

人を敬う。

あらゆる人の生命に仏性を見る。人間の尊厳、生命の

尊厳を、自らの振る舞いを通して確立しゆく「創価の女性」

の対話運動こそ、まさに、「平和の文化」を確実に創造し、

建設しているのである。 21世紀女性研修会 引用

☆ 珍念の身近な出来事ですが、それは・・?

20数年前、若いころ交通事故で頸椎を痛めていた

のが原因で、全身が「マヒ」して首の潰れた2か所を緊急に

手術しました。・・治っても車椅子生活に・・妻が仕事の帰り

毎日遠い病室にきて激励をしていました。

半年ぶりに、無事職場に復帰できました。

11年前・悪性リンパ腫を告知され 晴天の霹靂でした。

270日余り、某大学病院に入院していましたが、(サジ)を投げられ

自宅に帰りました。毎日、悪夢に魘されていましたが、珍念

池田名誉会長の激励の伝言をかてに、命がけで病魔退散

を祈りました。妻や 同志の方々の必死の祈りで奇跡が

起きました・・あれから・・5年生存率を越え8年過ぎました。

妻や同志の人達や・特に女性の方たちの深い祈りで、珍念

命を助けて戴きました。 40数年前も交通事故の時も

女性の方たちの祈りで、奇跡的に命が助かりました。

(某・新聞にも奇跡の生還)と報道されたことが、走馬灯

のように、網膜に鮮やかに、浮かんできました。

珍念・・・生涯、女性を尊重して行きます、女性は「ダイヤモンド」

の輝きを放っています。正に太陽の輝きのようです。

そうそう・・読者の皆さまに、誤解を与える、独りよがりの

狂信者の謗りを被るおそれが、あるやと思いますが、珍念

無学・無教養の愚かな、小心者ですが、有りのままの

体験をのべました。 o(*^▽^*)o

あ・・つい 調子に乗って、ゲーテから糾弾される・・うぅう

さっさと・・・退散します。 ( ^^) _旦~~

「ピンをさがすがいい」( ^^) _旦~~

 幼児が泣き止まない。いくらなだめても、らちが

あかない。強盛な性格なのかしら? 乳母は、あれ

これ推測をめぐらせる。ほどなく産着に刺さった

「ピン」に築く。実はそれが原因だった。

フランスの哲学者アランが記す、日常よく見られる

トラブルの一例である「(幸福論)白井健三郎訳」

▼人と人との関係においても言えよう。心ない

一言が{トゲ}となって、互いに疎遠となることも。

しかし、言った本人が、そのことに気づいていない。

そんなケースも少なくない。

▼「民主主義とは注意を払うことである」と、宗教

社会学者のR.・N・ベラーは言う (善い社会

中村圭志訳) 友の安否に注意を払い、世の中の

動きにも注意を怠らない。そして誠意をもって、

他者とかかわり、語ること。鈍感、無関心ででは

だめなのだ。

▼若いころ、池田名誉会長は「レントゲン」と呼ばれた。

相手の心の奥を見通し、的確に、徹して励ます。

これも、友の幸せを断じて実現せんとする、大いなる

責任感ゆえであろう

▼アランは言う。・・・人がいらだったり、不機嫌だった

り、しても、それにたいして理屈をこね上げ、「あの人

の性格はこうだ」などと安易に決めつけてはならない。

まずは「ピン」をさがすがいい」と 名字の言(栄)引用

★  A11   「珍念のひとりごと」です

昨日・・kさんから、聖教新聞を読んだ感想をお聞き

しました。社説・体験談・マンガ・小説「新・人間革命」

と 寸鉄・ 特に コラム「名字の言」が素晴らしいので

会社の朝礼の時・挨拶に使っているとのことでした。

特に、池田名誉会長の振る舞いに感動されていました。

珍念。。自分自身の事を語るのも、おこがましいですが!

21歳のとき、池田先生に初めて、お会いし激励を受けた

ことが、昨日のように思われます。コラムに「レントゲン」と

呼ばれたと・・先生に激励された方は、世界中に、数え切れ

ないほどいられると思いますが、珍念の無智・無明の

闇を払う生命の輝きを与えて戴きました。

その時の指導を糧として、愚かな、珍念ですが、「カタッムリ」

のように・・遅いですが少しでも、名誉会長の振る舞いに

近づきたいです。そして、先生の偉大さを語り抜いて行き

たいと決意しています。 

▼そうそう、何といっても、妻には、ごまかしが出来ません

まるで「レントゲン」?のようです。 へそくりや、良からぬ

考えなど・・・ミエミエです。 愛犬にも・・ (-_-;)

珍念も「レントゲン」のような人物になりたいです。

あ・・能書きが過ぎました・・ ;:゙;`(゚∀゚)`;:゙

「精進せんとあきません」

人間国宝、桂米朝師の芸に圧倒された記憶がある。

師が日頃言うように「落語は演者が消えんとあかん」

つまり演者の説明ではなく、登場人物の「対話」や「しぐさ」

だけで、状況を観衆に分かってもらわねばならない。

名人、上手となると、視線だけで、登場人物の職業

複数の人物の間の距離、部屋の間取りまで表現できる。

★その時見た「一文笛」というネタで、米朝師は、登場人物

の視線だけで、路地裏の長屋の狭さ、貧しい生活ぶりを

表現していた。まだ悲しい場面でもないのに、不覚にも落涙。

ハンカチを目にあてていた。

★先日、お会いしたとき、その話をすると、「あんなにうまいこと

いくのは、年に2,3回。まだまだ精進せんとあきません」と

語っておられた。「何人もの先達の名人たちの努力、そして

その芸が分かってくれるお客さんに、何十年何百年とはぐくまれて

落語という芸は磨かれていくんです。

そこに参加できる喜びでんなぁ。長いこと、続けてられるのは」とも。

 コラム 名字の言 引用

★ A11 珍念の独断と偏見の一考察です

基礎工事なき人生は、「砂上の楼閣」を思い浮かべました。

仏典に次のような説話があります・・ちょいと、紹介します。

「ある処に、一人の愚かな富豪がいた。あるとき、彼は他の

富豪の屋敷に行って、そこの家が三階建てであるのを見て

その壮麗なのに驚きの目を見はり、自分も急に欲しくなった。

★彼は、家に帰ると、早速、大工を読んだ。「あの富豪の家の

ような、壮麗な三階建ての建物ができるか」。大工の答えは

以外であった。 「あれは、私が建てた家です」「では私の屋敷

にも、早速、あのような三階建ての家を建ててもらいたい」。

大工は即座に承知して、取り急ぎ、基礎工事に取り掛かった。

ところが、愚かな富豪はには、その基礎工事が飲み込めなかった。

せっかく、平らな地所を掘り下げて、何をするのだろうか、と疑い

惑った結果、大工に尋ねた。

★「お前は何をしているのだ」。大工はけげんそうな顔をして

「三階建ての高殿を造るのです」。けれども、富豪はまた言った。

「私は、第三層の高殿がほしいのだ。下の方は要らないのだよ」。

大工は、呆れながら、諄々と説明した。「第一層を造らずに、二階の

部屋を造ることは、出来ません。また、二階を造らず、三階の部屋

を造ることは出来ません。三階建ての家を造るために、その基礎

工事をしているのです」。だが、愚かな富豪は、なお納得せず

言い張った。「私は、第一、第二は要らない。第三の高殿だけ

拵えてほしいのだ」と

★この説話は現代の若い多くの人の心の傾向性を鋭くついて

いる。。家を建てるのも、仕事も、学問も。人生も何事も基礎が

大切であり、不可欠である。その人生の重要な基礎を築くべきと

きに、努力もしない、苦労もしない、勉強もしない、それでいながら、

早く偉くなりたい、豊かな生活でありたい、華やかな脚光浴びる

人生を生きたいと願う。

★こうした安易な人生の生き方が、いかにむなしく、無意味な

ものであるかを教えている。 池田大作スピーチ 引用

ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ 愚かな「珍念」の揺れ動く心を余すことなく

ズバリ・・指摘して、賢者の道標を示されています。

信念のない「珍念」いっも、いっも、安易な、ほうばかりに

動いていました。問題を先送り、していました。

「仏の顔も三度まで」の格言がありますが、もう・・後が

なくなりました。 また 頑張ります。

あ・・・またまた 長~い 屁理屈をコネテ・・・(-_-;)

閻魔さま から・・二枚舌を抜かれる・・・ううぅう

消えます!

人に問うなかれ 己に問え §^。^§

100年ほど前のドイツ。詩人を目指す若者がいた。

出版社に作品を送っても、なしのつぶて。

他人の作品の方がずっと良くみえてくる。

ぐらつく自信。若者は、自作の詩を著名な詩人リルケ

に送り、「評価」を求めた。リルケは返書にしたためる。

一番やってはいけないこと・・「それは他人の評価に一喜

一憂することだ」、と.

★さらに、自身に問うべきは (書くことを拒まれたならば

あなたは死ななければならないかどうか) 「書かなくても

生きて行けるということを感じるならば、もうそれだけで

詩人になる資格はない」自身の生命を懸けて悔いなき

情熱はあるか・・・・詩人は鋭く問いかける。

★これはまた、人生を深く生き抜く知恵を示していよう。

岐路に立った時こそ、自分に問うてみる。己の全存在を

かけても、やるべきものかどうか、と。おのずと答えは

出るだろう。再び踏み出す一歩には、決然たる力強さが

こもるにちがいない。 コラム名字の言 引用

「浅きを去って深くに就くは丈夫の心なり」 日蓮大聖人

    ☆      A11 珍念のひとりごと です

珍念・一番大切な「自分に問うてみる」・・が欠けています。

深く反省しています。 恥ずかしいので、今日も 一段と

深い祈りで精進します。 !(^^)!

「子どもの心」を持ち続ける (^^♪

ドイツの作家エーリヒ・ケストナーは、詩集やその他の

文章で軍国主義者をこきおろした。

反面、彼は権力の魔性に対する人間の弱さと忘れっ

ぽさに気ずいていた。正義は何度も訴えねばならない。

ケストナーは、児童文学という形で子どもたちに語り

始めた。子どもたちの正義感と、物事を真っすぐに

見る能力を信じて、その「子どもの心」を大人になって

も持ち続けたら、世の中はきっと良くなると。

▼名作「エーミールと探偵たち」快活な主人公エーミール

が、苦労して働く母から預かったお金を盗まれ泣いている

場面で、作家は読者に語りかける。

「おかあさんのために泣いたのです。その気持ちの判らない

人は、たとえどんなに勇敢でも、どうにもなりません」

(痛みを感じないこと)が「強さ」ではない。この母を思う

優しい心こそ、大人が忘れてはならない強い「子どもの心」

ではなかろうか。私たちは、常に一人一人の生身の苦悩

に向き合うことから出発する。

共に悩み、格闘しながら、友を励まし、悲しみを優しさに、

苦労を生きる力に変えていく。この強気楽観主義が、悪を

防ぎ、平和を築く善の砦になる。 「名字の言」 引用

    A11 珍念のひとりごと です

★読者の皆さま、珍念、知り合いの人たちから、子どもの

ような性格ですね。と(良く言えば天真爛漫)悪く言えば

(軽い・・重みが無い おっちよこ ちょい)ともいえます。

子どもがそのまま・・大人になったように、見られます。

心に思った事をべらべらと口に出し 良く誤解されて

自己嫌悪に苛まれています。  いつも つい

一言多いんです・少ないのは髪の毛です・・ううぅう§^。^§

★池田名誉会長の指導を思い出しました。

▼幸・不幸は「性格で」決まるのではない、どう生きたか

という「内容で」決まる。

たとえば一本の川があるとする。ある地点では、その

川の幅は変わらない。同じように、その人自身という

ものは変わらない。しかし、「質」はさまざまである。

浅いか深いか、濁っているか清らかか、魚がたくさん

いるかいないか。(内容)は違う。

▼人生の世界も一緒です。性格によって幸不幸が決まる

のではなく、どう生きたのかという「内容」によって決まって

いく。その内容を立派にしていくために仏法があり、教育

がある。一切の努力・向上・進歩がある。それが人生です。

☆こうゆうことでしようか。 自分という川が別の川になるの

ではない。しかし、努力次第で濁った流れは清らかになり

魚がたくさん楽しく泳ぐような川になっていく。

▼その通りです。題目をあげていけば、必ず濁ったものは

浄化されます。全部、幸福の方向へと進んでいきます。

たとえば、内向的な人は思慮深さとなって、それが生きる。

せっかちの人は、何でもスピーディーに進める力となって

現れる。また川は蛇行しながら流れ、行き詰まらない。それが

自然です。性格も努力すれば、蛇行しながら良くしていけるの

です。だから、ともかく前へ前へ流れ続けなければいけない。

▼だれでも、「完成された性格」などありえない。

万人が一人も残らず、何らかの宿業によって、未完成の

人間です。困った性格もある。しかし、それにとらわれ、

自分を嫌ったり、卑下したり、進歩を自分で妨げるの

は、愚かです。と

愚か者の珍念・・出来の悪い幼児のような性格です。

師匠の教えの通りに、今日も一段と精進します!(●^o^●)

[忘恩こそ最大の犯罪」

「夫れ老狐は塚をあとにせず・白亀は毛宝が恩をほうず

畜生すらかくのごとしいわうや人倫をや」 

日蓮大聖人が、恩師・道善房を追慕して表された(報恩抄)

の冒頭の一節です。

老いたキツネは、死んでも必ず、生まれた古塚に首を向ける

といわれ、白亀は助けられた毛宝の恩を報じたという。

畜生でさえこのようである。どうして人間に報恩の心がなくて

よかろうか。と

▼ダンテの「神曲」地獄篇は、師と弟子が九つに分れた地獄

を巡る壮大な詩作品である。生前の罪によって人々は裁かれ

地の底へ進むにつれ、処罰は重くなる。

第八獄では、詐欺や謀略など、知能的に人を欺いた者たち

が罰せられる。最後の九獄では、恩知らずの裏切り者が

あえぐ。ローマ帝国の創立者に背いた忘恩の徒が、氷漬け

になっている。

▼それぞれの獄の量刑に、一定のルールがある。理性や

正義、信頼といった、人間のみが有する尊厳に反した罪ほど、

裁きは厳しい。その意味で、ダンテは、忘恩の裏切りこそ

人間性を否定する最大の罪と断じたのではないだろうか。

▼法王の悪事まで地獄であばく、ダンテの容赦ない筆に批判

もあった。しかし、「神曲」は、死後の世界を描くことで、人間は

いかに生きるべきかを示唆しているように読める。

「人間よ、正義に生き、信義を裏切ることなかれ」と

▼「世に四恩あり之を知るを人倫となずけ知らざるを畜生とす」

(日蓮大聖人) 恩を知るか否かによって、人間は賢者にも、

畜生にもなる。宗教的な信頼から結ばれた恩への背信ほど

反人間的な行為はない。

忘恩の裏切り者を正す民衆の声の中に、最も人間性に

富んだ、言論戦がある。 (コラム 名字の言) 引用

 ☆    A11 珍念のひとりごと です

 (-_-)/~~~ピシー!ピシー!  わーお 地獄の責め怖いです。

珍念・・・意志が弱いので忘恩の裏切り者に成らないよう

に 心を入れ替えて一段と精進します。

日露友好史を開いた挑戦 (^^♪

36年前(1974年)、池田名誉会長が初めてモスクワに

降り立った時、迎えるソ連の人々の気持ちは「警戒感」

であったという。

西側の人間、しかも宗教指導者。「私たちとは違う世界の

代表」(モスクワ大学のトローピン副総長)との感覚も

当然と言えば当然だった。ソ連対文連議長のポポワ女史は

「あなたの言う宗教で世界が平和になるなら、私は共産主義

をすてる。できっこない!」と叫んだほどだ。

▼名誉会長の招聘元はモスクワ大学だが、それを決定

したのはソ連共産党であり、「日本との新たなパイプを」

という冷徹な政治的意図があったことが推測できる。

しかし、名誉会長の言動は、そんな計算さえ吹き飛ばした。

堂々と人間主義を論じ、市井の人々の中へ飛び込む姿に

「スケール」がちがうことを私たちは感じた」(同副議長)

くだんのポポワ女史も、最後は名誉会長婦人らに

「今度来た時は、私の家と、家庭、孫をぜひ見てほしい」と

笑顔を見せるほどに変わった。

▼同行の通訳の日本人女性は「私は、先生の行動を見て

はじめて通訳をしてきて良かったと心から言うことができます」

と泣いた。

一人の挑戦から花開いた日露友好史。私たちは信じる。

一人の誠実の行動は、世界をも変えることを。

(コラム 名字の言) 引用

☆   A11 珍念のひとりごと です

珍念・・師匠の万分の一でも・・勇気を出して友人と会い

対話の大波を広げていく決意です。(●^o^●)

「うらやむ」心を克服する ( ^^) _旦~~

「うらや(羨)む」の原義は「心病む」。

あの人のようになりたいとの思いが高じて、心が

病気になることをいう。思いがけない形で引き起

こされる様々な事件の底には、人をねたましく思う

こうした心があることが、多い。

▼仏法には「うらやむ」というとらえ方はない。なぜなら

誰人の生命にも(桜梅桃李)の言葉に象徴される個性

才能が備わっている。そのかけがえのない宝を開き磨く

ところに、価値の基準を置いているからである。

それが他者を尊厳とする生き方に通じていく。

▼自暴自棄の毎日を送っていたある青年は、周りの

人々や環境をうらんでいた。

{皆が自分を認めてくれないから生きていけない、

苦しい}とその考えを一変させたのが、池田名誉会長の

「君にも 君でなければ 出来ない使命がある」との指針

だった。

自分にも使命があるなど、考えたこともなかった。

使命と言う言葉が限りなく新鮮に心を貫いた。

やがて入会。今、自他共の実現に挑戦する毎日だ。

「幸福は、自分自身で決まる。心で決まる。強い心を

持てば、景色が一変する」と池田名誉会長。

「創価」とは、わが生命に限りない価値を見いだし

輝かせていくこと。その輪を広げていく意義は大きい。

☆    A11 珍念のひとりごと

▼読者の皆さま・・恥ずかしながら 珍念 いっも ねたましい

心で満ちています・・中々心に沁み込んだ悪しき心根は

生半可の修行では・・克服出来ないようです。

珍念の一念は・・時計のふりこのように環境に翻弄

されています・・・私に残された時間もそう長くはないと

思っています。・・まず・ねたまない・人を批判しない・

何事も自分自身に原因が有る・人ではない・どんな

ことでも 喜んで取り組む。また感謝する・やり残し

た事は、先送りしない・・・師弟不二で頑張る決意です。

あ・あまり 根を詰めると・髪の毛が!!(^^)!

誰が功労者か!(●^o^●)

誰が一番偉い人か!

ある日、「趣味のサークル」 の懇談会の時に、挨拶を請われて

弱りましたが、おしゃべり、大好きですから次のように語りました。

珍念の好きな、こんな 逸話があります。

その昔、ある王様が、人民の中から最大の功労者を選んで

表彰しようとしました。その候補者として、富豪や医者、学者

実業家などの成功者たちが、次々に宮殿に集められた。

しかし、皆、甲乙が、つけがたい。そして、最後に登場したのは

名も無き白髪の女性でありました。地味であるけれども、なんとも

いえない慈愛と知性の光を発している人であった。

王は周りに尋ねました。「この人は、いったい、だれか?」

即座に、答えが返ってきた。「これまで候補に掲げられた多くの

功労者たちを育てた教師が、この人なのであります」

期せずして、集まっていた人々から大喝采が起こった。

すると、王は、自ら玉座をおりて、この無冠の教育者に最高の

栄誉を捧げた・・・というのですが・・まさしく、教育こそが、一切の

根幹であります。 私の恩師も教育者を一番尊敬しています。

☆    A11 珍念のひとりごと

▼この前、テレビで大韓航空機爆破事件の実行犯の「金賢姫」

元工作員の実態が赤裸々に報道されていました。

幼少のころから、間違った教育を受けて育ち、教えを何も

疑わず実行した事を悔いていました。

教育・・・狂育・・・う・・・ん  (-_-)/~~~ピシー!ピシー! 

教育は時間を超えて力を発揮する。教育こそは、国の社会の

将来を開き、創造していく力である。歴史上、世界に大勢力を

誇った国々のなかにも、やがて衰退していった国が有る。

一国の盛衰は長い目で見なければならない。

そして、社会の長期的な課題のなかでも、教育こそ、根本

である。教育の充実に真剣に取り組みゆく国は、必ず発展

と繁栄の時代を迎えるものである。

池田名誉会長スピーチ 引用

不肖・珍念・・無学を恥じています 今日から一段と励み

たいと決意しました。 こっそり・・退席します。 ( ^^) _旦~~

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