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2010年1月

幸せは、何処に !

映画「イントゥ・ザ・ワイルド」(ショーン・ペン監督)は、

純粋無垢な若き魂の彷徨を描く。裕福な家庭に育ち

大学を優秀な成績で卒業した青年が、ある日、家族と

別れ、荒野へと旅立つ。

そして、アラスカの地で命果てるまで・・実話である。

▼人生の真実を求めんと、王宮の暮らしを捨て

ひとり旅立った、ゴータマ・ブッダの青春とも似ていよう。

すべての既存の価値を鋭く問い直してやまない、澄み渡る

水晶のような魂。しかし、それは時として、人を過酷な運命

へといざなう。 これまで何千何万の{リトル・ブッダたち}が

果敢な冒険の果て、人知れず命を落としたことか。

▼厳しくも美しい大自然のなか、青年は瀕死の床で綴る。

「幸せは、それを誰かと分かち会った時にこそ実感できる」と

最後にたどり着いたのは、掛け替えのない「他者」の

重みの発見であった、といえようか。

コラム「名字の言」(英)引用

☆   A11 珍念のひとりごと

▼う~ん 珍念 腕組みして、しばし幸せってなんだろうと

考えます・・珍念 永遠の課題です  (●^o^●)

あ・あまり、悩むと髪の毛が抜ける・・うぅうう

この前の 本物の金貨はどれかなぁ! 問題ですが

偽の金貨は1枚50・1グラム 本物の金貨は50グラム

3つの袋をかりに・・1・2・3・と並べます・ 1の袋から1枚

2の袋から2枚。3の袋から3枚 合計6枚の金貨を秤に

乗せます、もし30・5グラムでしたら1番目の袋が本物です。

30・3グラムでしたら3の袋が本物です・・

もし30・4グラムでしたら2番目の袋が本物の金貨です。

いかがでしょうか! §^。^§

あ・・あまり しゃべると 「ダンテ」から偽善者と糾弾される・・

こっそり・・消えます。

「もう一歩」 (^^♪

ピンチこそチャンスである。

飛行機が向かい風から揚力を得て上昇するように

人生も逆境を成長の因として、幸福の道を切り

開いていける。

▼イソップの寓話集に」「狐と葡萄」という話がある。

腹をすかせたキツネが、高い枝になったブドウを

みつけて飛びつくが、何回ジャンプをしても届かない。

あきらめたキツネは、「まだ熟れてない」と言って

立ち去っていく。

▼乗り越えがたい壁にぶっかった時、都合のいい

言い訳をして、自身を欺いてしまう。ありがちの

ことだ。 言い訳をする暇があれば、「もう一歩」の

努力を積み重ねたい。壁は外にあるのではなく

自身の中にあるものだ。

▼カナダの作家モンゴメリーは、代表作の主人公

アンにこう語らせている。「小さな障害は、笑いの

種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考え

られるようになったの」 掛川恭子訳(アンの愛情)

▼勝利を手にするには、大なり小なりの障害を乗り

越えなければならない。  名字の言(敬) 引用

▼理想が大きいほど、困難の峰も大きい。それを

恐れていては、永久に前に進めない。

夢は夢のままである。人生はまず、「どんな困難も

乗り越えてみせる」(小さな自分のカラを破って見せる)

という気概をもつことだ。そこからいっさいが開けていく

「限界を破ろう」こう決めた時、じつは自分の心の

限界は、すでに一歩、破れているのである。

その時点で、理想や目標も、半ば達成されていると

さえいってよい。「池田名誉会長」のスピーチ 引用

 ☆   A11 珍念のひとりごと

▼珍念・・本は良く読みますが・・上面だけしか理解

していないようです。その思想を実践するのが・・

ちょいと、カメの歩みのようです。m9(^Д^)プギャー

▼ 珍念・昨日、友人宅に遊びにいきました。そのとき

お互い・? 髪が薄くなっていました、髪の毛の話題に

花が咲きました。 奥様から何か面白いお話をお願い

しますと・・珍念 とっさに 二枚舌を動かしました(@_@。

仏法説話に(毛端の水滴)の教えがある。

ある人が髪の毛を一本抜き、その端に一つの水滴を

つけて釈尊に差し出して言った。

「釈尊、どうか、この水滴が増減しないようにしてください。

鳥にも吸われないように。乾かしてもいけません」と。

無理難題に思われたが、釈尊は少しも驚かず、この

一滴の水を、ガンジス河に入れた。その一滴はガンジス

の水と一体となり、とうとうと流れている。大河に毛をつけ

れば、再び水滴は、元のように毛端にもどる。

なくなりもしない。鳥にも飲まれることもない。

▼一滴の水だと乾いてしまう。鳥にも飲まれる。

落ちてしまう。人もまた同じである。しかし大河の

ような和合僧のなかにいれば、一人以上の力を

発揮できるとともに、自分自身の一個の生命体も

自覚できる。

また、大河の流れは永遠である。その永遠なる広大な

生命に住しながら、自分の道を歩んでいけるのである。

つまり、和合僧でともどもに進んでいくことの大切さを

教えられているのである。

あ・・この前の「偽金貨」の答えは次回に披露します。

わ・・を 長々と 調子に乗ってへらず口を・・・

また また・・閻魔さまから 怖いので消えます。 (゚m゚*)

「魯人の如き」(ろひとのごとき)!

中国の陳、隋の代に「法華経最第一」を証明した

天台大師。その名声は死後、遠くインドまで伝わった。

だが、中国では、ほどなく大師の偉大さが正しく認識さ

れなくなる。

▼自国が生んだ偉人を尊敬できない・・その様を、妙楽

大師は「魯人の如き」と喝破した。孔子の故国・魯の国の

人々が、その偉大さを知らず、尊重しなかったのと同じだと

いうのだ。

▼哲学者・和辻哲郎氏は「人類の教師とも言われるべき

人々がその時代の大衆に認められたなどという例は、全然

ない。(「孔子」岩波文庫)と。

▼スケールの巨大さゆえに、空間的、時間的に「距離」を置か

なければ、正視眼では見られないのであろうか。

池田SGI会長への賞讃も同様のようだ。 その偉業を、海外の

識者が、こぞって讃えつつ「なぜ日本は?」と首をかしげている。

「遠くから見つめなければ見えないものがあります。

近いがために、その偉大さを知らない場合が多いのです。

池田博士はまさに、そのような存在だと思います。

(韓国・徐羅伐大学創立者・金一潤氏)

「池田先生は孔子のごとく、千年を超えて影響を与える。

{一代宗師}(時代を代表する思想をもつ師匠)です」

(中国・嘉応学院の程颷学長)

世界の大学・学術機関からSGI会長に贈られた名誉学術

称号は「272」にも迫る。そうした顕彰のひとつひとつは

「自国が誇るべき偉人を尊崇せよ」と呼びかけている

ようである。後世「日本人の如き」と笑われぬよう

見識をもつべきだ。 破邪顕正 (中村一生)引用

☆    A11 珍念のひとりごと

うう・・ぅうう ; :゙;`(゚∀゚)`;:゙ あっぱれです

珍念・・中村氏のコラム、言いえて妙です

大切なのは、いつかではない。今、この瞬間である。

きょう、一日である。今、この時に全魂を傾けていく。

その、「今」に(勝利の未来)が含まれている。また

どこか遠くに特別な人がいるのではない。

権威の人、知識の人、有名な人、富の人が大切

なのではない。自分が、今、縁している人、その人

を大切にしていく。そばにいる、あの人、この人

をその人の特質を考えながら、全部、生かしてきって

いく。それが賢人である。そこに万人の信頼を勝取る

道が有る。と恩師の指導を思いだしました。

愚かな・珍念・師匠の指導の一部だけしか実行出来て

いません。 何で・・素直に教えのとうりに・・いっも

心の中で・・もう一人の怠けもの の 命が出てきます。

今日も 珍念 ままならむ 弱い心に・・紛動されています。

まだまだ・・修行がたりません。。。珍念 ・・盤石な心に

成るように今も熾烈な戦いをしています。

あ・・・また うどん屋の窯 湯 ゆ ゆう 言うだけ

と もう 気にしなくて 何度でも挑戦します !(^^)!

才能ある畜生 (-_-;)

「畜生の心は弱気をおどし強きをおそる」

日蓮大聖人の御遺文の有名な一節である。

▼「畜生の心」とは、動物の心ではない。それでは

動物に失礼だ。散歩の犬が小型犬をからかい

大型犬に媚を売ることはないのである。

「畜生の心」とは、人間ならではの、ずるさと卑しさ

にほかならない。

▼バラバラ殺人も・振り込め詐欺も・ホロコースト

(大虐殺)も、人間にしかなしえない仕業である。

「民衆のために」と言いながら、法律の網の目を

巧みにかいくぐり、陰でこっそり私服を肥やす

輩もいる。まことにタヌキも顔負けだ。だから

初期仏教は、もう「人間」には生まれないこと

(輪廻からの解脱)を目指したのである。

▼もちろん一方で、人間には思いやりの心がある。

友のため自己犠牲を払うこともできる。 悪魔にも

偉人にもなれる。かくも大きな可能性をはらんだ

存在が人間なのだ。

▼佐渡御書にいわく「獅子王の如くなる心をもてる

者必ず仏になるべし」と。「獅子王の心」も人間の

心である。それは「大勢の人を励まし、心を尽くして

仏法の素晴らしさを語っている行動の中にこそ」と

池田名誉会長は語る。 コラム・(栄)引用

☆     A11 珍念のひとりごと

▼何年か前に「サリン」を作り使用して日本中が、

大騒ぎしていました・思いだすのも、おぞましいですが

それも、有名な大学を出た若者が殺人を・・・

戸田先生が、「才能ある畜生」と言われたのも故ある

かな。 と 珍念思います。

▼いっさいの生命は平等に尊厳である。違うのは

現実の境涯である。心であり一念である。その違いが

自身の今世、そして永遠の軌道を決定していく。

外見ではない。立場でもない。心がどうか、それこそが

根本である。心輝けば人生も輝く。心が暗黒であれば

人生も暗黒である。その心を仏界という常楽我淨の

境涯へと広げ、固めていくのが、日々の仏道修行である。

池田名誉会長のスピーチ引用

珍念・・心は、まだ煩悩に覆われています・・顔だけ見た目

には、善人のように見られますが、大事な心が (*_*;

ぶれています.。ぶれていないのは 綺麗な女性とお金です。

あ・・いけない。ばれたら 妻から虐められる・・・・うぅうう

今から一段と精進します。人間ならではの「輝き」を取り戻

すため、勇気をだして頑張ります( ^ω^)おっおっおっ

無思想の居直り?

「世間の人は」・・養老孟氏が書いている。

「子どもが生まれたら神社にお宮参りに行き

育つにつれて七五三のお祝いをする。

初詣にも神社に行く。結婚はハワイの教会で挙式し

死んだら坊さんを頼んでお葬式を出す」

「ここまで宗教に無原則な社会は、世界にほかには

あるまい」(「無思想の発見」ちくま新書)と氏は言う。

まったくこの通りだ。

▼日本には思想らしい思想はなかった。

「思想なんてものはない」むしろ「無思想という思想」が

あるのだ。というのが氏の論点である。 だから

「うっかり思想なんか認めると、それが壊れてしまう。

それを暗黙に恐れるのであろう」同 日本史上で繰り返

されてきた思想・宗教弾圧の土壌もこのへんにあるらしい。

▼もちろん「無思想の思想」自由。だが皆が人間向上の道

を失えば、社会全体が畜生道に落ちてしまう。

今の荒れた世相を見れば明白だ。

この日本に、仏法の正義という{柱}を打ち立てたのが

日蓮大聖人であり、創価学会の三代の会長である。

青年に慈悲・報恩・貢献の道を教える連帯は21世紀の

日本を開く希望なのだ。

▼この正義の学会を、中身のない讒謗で抑え込もうと

してもムダである。無思想日本のカラっぽな頭と心では

我らの太陽の前進を阻めない。 人生にグチ。

社会にグチ。そのくせ、自己を高める正しい道を

聞きもしない増上慢。「無思想の居直り」も

大概にするがよい。

コラム破邪顕正(井藤貴明) 引用

 ☆    A11 珍念のひとりごと

このコラムに座布団10枚差し上げます (v^ー゜)ヤッタネ!!

珍念・いささか辛口の評論をして、妻から注意を受けています

井藤氏の名刀で悪を ばった ばった と  (●^o^●)

珍念 智慧も・教養も有りませんが、この仏法を学ばせて

戴いて、感謝しています。

読者の皆さま 今回も なぞ なぞ です

どなたでも 金貨は、欲しいと思われると思います。

 3つの同じ皮袋にそれぞれ、金貨が同じように入れて

有りますが、一つの袋だけ 本物が入っている

見た目もかわりません。重さがニセモノの金貨は一枚

50.1グラム本物は一枚50グラムです。

ご家庭の料理秤で、はかってもよいですが、1度だけです

何回も量られません。

ちょいと難しいかも 知れませんです 難易度 は 高いです

回答は・・後日です・・・ぜひお立ち寄りください。

珍念・・・も・・・頭を・・虐めました 髪の毛が・・・

でも・・解けました・・§^。^§

あ・・閻魔さんから・・おしゃべり の 口をふさがれる・・ううぅ

心の響き (●^o^●)

日々発心・・白馬のごとく!

「自動車にのって、旅行地の危険な道へかかる

時でも、すぐ、万一の時は、新聞がと思う。怪我を

したら、口述でも、つづかなければ、などとつまらない

空想を呼ぶ」新聞小説の執筆に対する文豪

吉川英治氏の述懐だ(全集52)講談社

▼一本の大きな主題から細かいテーマまで、小説の

構想を練り、文献・資料の収集に当たるだけでも

大変な労作業である。しかも、毎日の連載となると

一日も気が休まる時がない。書くことだけでなく、健康

にも細心の注意を払わなければならない。

▼池田名誉会長が小説「人間革命」執筆を開始して

今年で45周年を迎える。「新・人間革命」と会わせると

連載回数は昨年5700回を超す。時には高熱を押して

時には朝方までかかって、一枚一枚と書き綴ってきた。

▼その上に、世界の識者との対談の連載、同志の

激励に詠み贈る長編詩・和歌・句など、激務の合間

を縫ってのペンの闘争。この師の渾身の励ましに

よって、どれだけ多くの友が勇気を持って人生を勝

ち開いてきたことか。

「その執筆は、限りある命の時間との壮絶

な闘争となる」と、名誉会長は「新・人間革命」の

連載開始時に語った言葉である。

師が全魂を込めて筆を執る大河小説を学び、自らの

人間革命に挑みたい。

コラム「名字の言」(芯) 引用

☆  A11珍念のひとりごと

不肖・珍念いっも何をしても、長く続ける根気がない

のですが、ブログも一か月あまり・続いていますが

自分の思い等や・出来事を毎回続いて連載・・? するのは

至難の業です・・でも・・読者の皆さまに読んで戴き

有難うございます。 無学。教養もないんです。

時々・・脱線するかも しれません が 宜しく

お願いします。

昨日、ある友人宅でパソコンの初期化を頼まれました。

その時に人間も 、パソコンみたいに初期化が出来れば

嬉しいです。と 奥様が! (*^。^*) 珍念それが出来たら

嬉しいです・・今度は違うお嫁さんを・・ナヌ・・( ^^) _旦~~

皆で大笑いしました。

ところで、総理大臣の話題になり 、一度 なりたいと

思います、と ・・珍念の考えを述べました。

「ダモクロスの剣」の教え!

ある日、ダモクレスがディオニソスに対して王の

境遇の良さを讃えた。すると後日ダモクレスは

王から豪華な宴の招待を受けた。

宴は豪華を極めたものであったが、席上で

ダモクレスが、ふと頭上を見上げると、天井から

糸で剣がぶら下がっていた。その糸はいつ切れても

おかしくない細さで、王はこれをもって王は常に

命の危険に晒されている境遇にあることを

ダモクレスに示そうとしたのである。

この故事から、ヨーロッパ文化圏で「ダモクレスの剣」

は、常に戦々恐々としている状況、あるいはそような

状況をもたらすものの譬えに用いられている。

なんでも、傍から見てるだけでは、その苦労は

分りません、それと同じように自分の考えを文に表す

のは、珍念 そのたびに、ない智慧を絞り心の思い

を・・・あ・・つと・・つい消えます (;一_一)

生命の触発 (●^o^●)

「どうすれば楽器の演奏が上達するでしょうか」

あるオーケストラの指揮者に質問したことがある。

徹底した基礎練習の反腹か、音楽に関する思想

を深めることか、・・畳みかけた筆者の言葉に、彼は

「それもありますが」としつつ一言「上手な人と一緒に

演奏するのが一番です」

▼一人では難しい部分も、上手な人の「響き」につられ

いつの間にか演奏できるようになってしまうという。

だから、恥ずかしがらない人こそ劇的に伸びる、と

▼先ごろ取材したある研究者は、かみしめるように

語っていた。「学者として徹底した思索は欠かせませんが

独りで考えているだけだと、堂々巡りになる時がある。

そうした自身の{発想の壁」を突破するには、良い聞き手

との(対話)に勝るものはありません」万般に通じる智慧を

感じた。

▼人間は、人間との触発の中でこそ、大いなる飛躍を

遂げることができる。 逆に心を閉ざしてしまえば成長

は望めまい。いかに良き出会いを得て、良き関わりを

育むことができるか。それが充実と向上の人生に

つながる。

▼「共に成長しよう!」「共に前進しよう」と温かな励まし

があり、発刺しとした生命の触発がある、学会の世界!

現代における創価の運動の重要性も、ここにある。

コラム 名字の言 (己) 引用

☆  A11 珍念の一考察です

筆者は幼少のころ、母親が大きな樽の中に 芋・・?

等を入れて「まな板」のようなもので混ぜていました。

しばらくして、樽から出てきたのは、皮がむけて白い

芋でした。母親が芋と芋がぶっかり、お互いに綺麗に

なるように、人間も 人間どうし接触しなければ芋

のようには、なりません、と 

▼小さな自分のカラに閉じこもった生命・・そこには、躍動

がない。真の創造もない。ゆえに生きた智性の深まりも

価値ある行動の広がりもないであろう。

ところが一歩、人間への行動を起こす、友と会い、語る。

一緒に悩み、考える。すると心中には、限りない慈しみと

智慧がわく。

それが思い切った実践となっていく。いつしか生命は

ダイナミックに回転を始める。友情が、生命に瑞々しい

触発を与える。

「成長」には「刺激」が必要!(沈黙の育児)の実験結果

13世紀の「神聖ローマ帝国」にフレデリック2世という

皇帝がいた。 彼はある実験をした。親のない赤ん坊を

集めていたれり、つくせりの保育をしてあげる。

しかし、その代り、あやしたり、話し掛けたりしない。

いわば「沈黙の育児」である。その結果は、どうだったか。

食べ物は十分にある。しかし、子どもたちは、しだいに

元気が無くなり、一年たらずで、全員が死んでしまった。

残酷な実験であるが、人間には、声の刺激や、他の人

との交流が絶対に必要と痛感しています。

何処の世界であれ、ひとたび決めた、「師弟の道」に

生き抜く人の姿は美しい。まったく尊く、つねに新鮮な

向上の人生となる。

動物にも親子はある。兄弟もある。夫婦や友人もある

かもしれない。しかし、師弟と言う永遠の絆は人間だけ

のものである。 ゆえに師匠なき人生は、人間として

あまりにも寂しい。師を慕い、師に近づこうと努力し

続ける一念こそが、自分自身に限りない成長を

もたらす。 と 恩師は語る。

 不肖の弟子 珍念。怠け者ですが、師匠と心を

会わせて頑張る決意です。・ ん・・何だか演壇で講義

しているようです・・あ・・おしゃべりが 過ぎました

閻魔さまから・・2枚舌を抜かれる・・うぅう (-_-;)

「一本の矢」との闘争 §^。^§

仏典に有名な(毒矢のたとえ)の話がある。

☆ある人が毒矢を受けて苦しんでいた。親族はすぐに

医者を呼ぼうとする。ところが本人は毒矢の材質・色・

毒矢を射たのは、どの角度で男か、女か、子どもか、

どんな種族か、などあらゆることが分らない限り、矢を抜い

てはいけないという。親族は、今すぐ毒矢を抜かないと命が

危ないと諭すが!

☆結局、この人は知り尽くすことが出来ないまま死んでしまう。

実は、ある男が、釈尊に、宇宙は有限か、無限か・・?その他

、神格論争・・?など この問題が解けない限り仏道修行はでき

ないと、述べたのに対して、答えたものです。

釈尊はこの答えで、人生における生老病死という苦悩の根

「毒矢」を抜くためには、まず行動し仏道を行じることだと、説いて

います。同苦の心を大きく広げ、すべての人を幸せに!

☆人間の心に巣くう差別意識や差異へのこだわり。釈尊はそれを

「人の心に見がたき一本の矢が刺さって いる」と表現した。

☆「一本の矢」について、池田SGI会長は、ハーバード大学で

の2度目の講演(1993年)で、こう述べている。「克服される悪、

すなわち(一本の矢)は、外部というよりまず自分の内部にある。

ゆえに、人間への差別意識、差異へのこだわりを克服する

ことこそ、平和と普遍的人権の創出への第一義であり、開かれた

対話を可能ならしむる黄金律なのであります」この言葉どおり、

SGI会長は、人類を分断する「一本の矢」との闘争を繰り広げ

てきたのである。

☆例えば74年(昭和49年)SGI会長は「怖い国」とのレッテルを

はられ、孤立を深めていたソ連を訪問!

「拉致される」毒を盛られる」そんな憶測が、まじめに語られる

時代だった帰国後、SGI会長は、さまざまなメディアを通じて

人間味あふれるソ連の「素顔」を発信。「ソ連に暮らす人々も、

私たちと同じ人間である。」ことを広く知らしめ、現在に続く友好

の礎を築いた。 「池田会長の訪ソによって初めてソ連の正確な

実態が日本に紹介された」とは、当時、SGI会長の通訳を務めた

モスクワ大学のストリジャク氏の述懐である。

勤行で読誦する如来寿量品の自我偈に「どうしたら、人々がが

無上の幸福を得られるのか、思うことは常にそのことだけである」

これは、仏の誓願であると同時に、仏弟子の決意でもある。

差異へのこだわりを越えて、「どうすればこの人を」「どうすれば

あの友を」と心を砕く。自分だけではなく「すべての人を幸せに

したい」との温かく力強い「同苦の心」を一人から一人へと、広げ

る歩みを始めたい。心に刺さる「一本の矢」を引き抜く努力を

広げたい。植松晃一(時代の潮流) 一部引用

 ☆ A11 珍念のひとりごと

珍念・・・恥ずかしいですが、度々悪しき心が出てきます・・(-_-;) 

一本の矢」どころか、一杯 刺っています・・修行がたりません

深く反省しています。 反省 反省で、仏の顔も三度まで・うぅそ

うそう 恩師の指導を思い出しました。

「青空が美しいのは、上空で強い風が走り、戦っているからである

。その戦い(風)がやめば、空には雲がたれこめる。

人生もまた同じである。戦いに中に、生命の美しき青空は開く。

戦いの中に、鍛えられ、清められた人間性の美が輝く。挑戦という

戦いをやめれば、人生は張りなく、弛んだ曇天の日々となろう」 

拙い珍念も悔いのない人生を送りたいと決意しています。!(^^)!

昨日の皇帝の質問の答えですが、読者の皆さまお分かりの方も

いられると 思いますが!「皇帝よ。この小鳥の運命は、あなたの

手の中にあります] とありり・・調子に乗って、おしゃべりが、すぎました。

また・・閻魔さまから 髪の毛を毟られる・・・ヘ(゚∀゚ヘ)アヒャ

頭の体操です (*^。^*)

読者の皆さま  珍念 いっも 長たらしい能書き

を述べていました。 今日は超ミニミニです (◎´∀`)ノ

☆ ある国の皇帝が、手に小鳥を握って、家来に聞きました。

「私の手の中にいる小鳥は、生きているとおもうか。

それとも、死んでいるとおもうか」

家来は考えました。もしも、ここで、「生きています」

と答えると、皇帝は手の中の小鳥を握り潰してしまう

だろう。

しかし、「もう死んでいます」と答え、仮に小鳥が生きて

いるとしらら、皇帝は手を広げ、小鳥を逃がしてしまう

だろう。

そこで、賢い家来は、こう答えました。

さあ・・読者の皆さまの答えは・・? 如何ですかぁ?

 答えは 後日発表します (●^o^●)

名作への誘い (*^。^*)

不幸な男に振ってわいた聖夜の奇跡

クリスマス・キャロル(ディケンズ作1812~1870)

それは、あるクリスマスの前夜でした。

貪欲で冷酷な老人スクルージは嫌われ者でしたが

平気で金儲けに精を出していました。キリストの生誕

を祝って人々が許し合い、おたがいに助け合うという

クリスマスの精神を彼は馬鹿にしていました。

ところが、家に帰ったスクルージの前に、七年前に

死んだ商売仲間マーレイの幽霊が現れました。

マーレイは生前に貧しい人々を助けなかったことを

悔いていましたがスクルージにはまだチャンスが残され

ていると告げました。それから三晩続いて、三人の幽霊が

スクルージの枕元に表れ、それぞれ過去と現在と未来の

クリスマスを彼に見せました。

昔の思い出を振り返り、使用人の家の慎ましくも温かい

食卓や甥の家の楽しいパーティーに心を動かされたスクルージ

ですが、彼の未来は悲惨でした。死んでも誰にも悲しまれず

むしろ喜ばれ、嘲られる自分の末路を眼のあたりにして、さすが

の彼も生き方を変えようと決心します。

気がつくと、たった一晩しかたっておらず、クリスマスの朝を

迎えました。スクルージは生まれ変わった気持ちで皆と

一緒にクリスマスを祝いました。

その後は進んで貧しい人たちを助け、良い友となり

晴れやかに笑って残りの人生を過ごしました。

仏法には(桜梅桃李)「おうばいとうり」の原理といわれる

ものがある。

例えば梅の花がある。そこまでやってきた春に先駆けて

凜とした気品高き花を咲かせきっている。やがて桜開く

季節となる。この桜も己自身を見事に咲かせきっていく。

桃も李も同じである。それと同じく人間も、自己の生命を

満開に咲かせきっていかねばならない。

いや、咲かせうるだけの力が生命に内在しているのだ。

それをもたらす力は何か。それは自己自身の「使命」と

「責任」への深き自覚なのである。本源的な「法則」にのっとり

ながら、自分でなくてはならない使命と責任に生ききっていく

人は、梅や桜が常に懸命に咲き香っていくのと同じく、自身

の生命を常に拡大していく。そして人生を最大限に生ききった

という誇りと満足と充実をかちえていくことができる。

いかなる人であれ、この世に何らかの使命をもって生まれ出た

尊極の人である。そしてその使命は、他との相対的世界に

生きるのではなく、己と戦い、己に打ち勝ち、己自身に生き抜く

なかに実現されるものである。

人生の一切は自己の生命現象の発露であり、自己の生命の

反英である。他に生きるものではない。「自らの命に生きよ」と

私の恩師・戸田先生はよく言われたが、その一言は人生の

究極を示す深さと重みを持っている。

「池田大作・私の人間学」 引用

☆   A11 珍念のひとりごと

読者の皆さま。今日は長々と面白くも、なんともない内容ですが

最後まで読んで戴きまして 有難うございます。

不肖 珍念まだまだ 心が善のほうに定まっていませんです。

今のままでは、確実に閻魔さま・より「淨玻璃の鏡」を見せられ

厳しく断罪される・・・ぅううう あ・・・いららず 能書きを (●^o^●)

あの世で地獄の責め怖いので今夜も一段と精進します。

どらえもんのポケット (●^o^●)

本は未来の扉

ドイツの作家エンデの代表作「モモ」は、時間に追われて

人間らしさを失う現代人に警鐘をならすファンタジー。

だが、エンデは(教訓話にして受け止めないでほしい)と

☆小説家の小川洋子さんは「教訓にしてしまうと、一行くらいで

物語を要約することになります。そういう簡単な一行ですませて

ほしくないという気持ちだったと思います」と補い説明する。

(心と響き合う読書案内)PHP新書

☆「友情を大切に」と一言で言われるより、太宰治の「走れメロス」

を読んだ方が、子どもたちは多くの{宝}を手にすることだろう。

時代を超えて読み継がれる良書は、主人公と一緒にさまざまな

出来事や(体験)することで、人生を豊かにしてくれる。

それが「物語の力」だ。

☆自分が得た「信仰」や「師弟」の魂を、後継の友へ、いかにして

伝えるか。それには、相手が一緒に(体験)できるように語る

ことが大事ではないだろうか。その時は、どういう状況だったのか。

師は、どのように振る舞ったのか。自分は、どう感じたのか・・・。

具体的であればあるほど、はっきりと伝わる。

☆釈尊の弟子たちは、師の言動を「八万法蔵」と呼ばれる

多くの経典として残した。私たちも、語り広める努力を

惜しむまい。     「コラム名字の言」(糀)引用

☆   A11 珍念のひとりごと

珍念 幼少の時、お隣の学校の先生宅に日曜日に遊びに

いき、色々な本を読んで貰っていました。

蜘蛛の糸・人にはどれだけの土地がいるか。イソッブ物語・

三四郎・三国志・等々・・眼を輝かして聞いていたのが昨日のよう

に思われます。 あれから・・半世紀。 珍念の心は純粋な

気持ちが・・かけています・・深く反省しています。

そうそう恩師の教えを思い出しました。

☆読書は「一生の財産です」何ものにも代えがたい「心の栄養源」

です。そして、読書は「万学の基礎」でもある。

すべての学問の、基礎的な力を養うものとなるのです。

読む力なくして、学問はあり得ません。読み抜く忍耐力なくして

学力の向上はない。若き日のナポレオンも、(読書の鬼」として

有名であった。十代のころ、、かれは徹底して読書に打ち込んだ。

絶えず本を開き、大切なところは、ノートに書き写した。

ナポレオンの読書は、世界各国の歴史と地理ブラトンやルソー

らの哲学・思想の名著・そのほか法律・軍事をはじめ・天文学・

地質学・気象学・財政論などの学術書にも及んだ。

注目すべきは、その読書が十代の5年間に集中している。

今でいえば、中学・高校生のころ、読書に励んだといえる。

あれれ・・珍念調子に乗って・・・つい 無駄口を叩きました

時間アウトで・・汽車がでるぅうう

能書きを・・恥ずかしいので消えます (-_-;)

目標を掲げよう (^^♪

読者の皆さま、新年もはや三週間経ちました。日々の

挑戦目標を立て、今年こそは!と挑んでいる人も多い

だろうと、思います。

◆珍念の恩師は、語っている。「三日」坊主も、「十回」

やれば、「一カ月」やったことになる。一日でも二日でも

やった分だけ、自分が得をする。何度も決意を新たにし

前に進むことが大切だ。

◆人間が成長し、勝利しゆくためには、目標を掲げる

ことが不可欠である。PHP総合研究所の江口克彦氏は、

次代に求められる人材の条件として、「目標追求型」を

挙げている。豊かな生活に満足し、目標を見失ってしまうと

挑戦する気概を失い、虚栄に走ってしまう。それは人間を

駄目にする。と

◆では、どんな目標を立てるべきか。決して重荷にならず、

挑戦への意欲がわき、日々の達成感が得られるものを

掲げてみてはどうか。勝利から逆算し、そうした適切な

目標を決めることが出来れば、ゴールはぐっと近づいてくる。

一昨年、沢村賞・バリーグMVP・投手三冠王などに輝いた

ブロ野球・楽天の岩隈久志投手は、「さらに上を目指したい」

と語っていた。

 ☆   A11 珍念のひとりごと

☆ 何事にも・・目標がないと、羅針盤がない船のようなものです。

根なし草のようです。 皆さま・・目標はおありでしょうかぁ? (*^。^*)

この世で一番恐ろしいのは・・・・?

恩師と故ノーマン・カズンズ氏との対談のエピソードを思い出しました。

カリフオルニア大学医学部教授だった、ノーマン・カズンズ氏も、全快の

可能性は500分の1しかないと告げられた「難病の強直性脊髄炎」を

笑いで克服するという、希望の力を実証した人でした。

同教授は、希望や信仰、生への意欲さらに、「笑い」など積極的な力

を持ち続けることで、どんな苦境も乗り越えることが出来ると考えた。

事実、10分間大笑いすると、少なくとも2時間は痛みがなくなったという。

☆ ノーマン・カズンズ氏は、恋人の死・父母の離別・交通事故・貧困・

テロ・戦争・火災・最愛の人の死・地震・リストラ・不治の病・など悲しく

恐ろしいですが!それより、もっと恐ろしいのは、心が病んで自分の

体の中で、ガラガラと音を立てて何かが崩れ落ちる時が恐ろしい。

「希望・目標・夢・に向かって挑戦しているか。否か。」なければ

恐ろしい精神の死です。私に明確な希望・が有るや・否や!

体は生きていますが、心は死んでいます。生きる屍です。

これこそが一番かなしく・恐ろしい死だそうです。

珍念 ・・目標をたくさん立てました。

披露したいんですが、いわぬが花です・・・うぅう !(^^)!

名もない 人達の中で心を打たれたと、いわれる人生を

私は生きたい。(池田名誉会長)

不肖 珍念も 師匠の言葉の通りに生きたいです。 !(^^)!

夢に向かう強烈な熱意に感銘

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「今年は(国民読書年)です」

活字文化の復興と人間性を豊かに

育む読書をテーマに各界で活躍する著名人に「人生を

豊かにしてくれた本との出会い」を順次紹介します。

       登山家 野口健さん

私は学生時代、勉強が苦手で、成績も悪い方でした。

ある日、何をやってもうまくいかず、将来に希望が見い

ださない焦りと不安から、けんかをしてしまい。停学処分

になりました。大変にショックを受けました。

その時に書店で、たまたま見つけたのが、この本でした。

若くして世界五大陸の最高峰登頂を達成した登山家であり

◆ 冒険家でもある上村直己さんの自伝です。

上村さんは自分の夢に向かって世界へ飛び出し、冒険を

重ねました。 わずか100$しか持たずに単身でアメリカに

渡ったり、船賃を惜しんで、単独でアマゾン川の筏下りに

挑戦したり。めちゃなことをしながらも、夢を追いかけて

あきらめずに進んでいった様子が描かれていたのです。

◆ 普通、やりたいことがあっても、現実の壁にぶつかれば

途中で諦めてしまいますが、上村さんは目標を達成する

ための強烈な熱意をもっていました。

強く共感するのは、天才の自伝だからではなく、至って

普通の青年の自伝だったからです。

特別な才能がなくても、あきらめず、こつこつと頑張れば

必ず成功できるととのメッセージが本書に込められて

いました。

◆ 精神的にどん底にいた私も、「何か地道にやり続ければ

成功できる」という確かな希望を見いだせました。

私の生き方に大きな影響を与えた一書です

青春を山に賭けて 上村直己著 文春文庫

 ☆ A11 珍念のひとりごと

珍念・・本は毎日。就寝前に1時間ぐらい読んでいますが

それをてこに、実践しますが、怠け者です 口だけ達者

です・・いっも いっも 途中で諦めています・・(-_-;)

「絶望は愚か者の結論」・・・と 変な方に気持ちが

行きそうですが、うどん屋の窯ですぅう (湯 ゆう 湯

ゆう、だけですぅう (*^。^*) と 妻から言われないように

珍念・・弱い心に「ムチ」打って今から、頑張って精進します!

名誉会長は言葉の重さを知る詩人!

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「今年は(国民読書年)です」

活字文化の復興と人間性を豊かに

育む読書をテーマに各界で活躍する著名人に「人生を

豊かにしてくれた本との出会い」を順次紹介します。

同志社大学名誉教授 杉江雅彦さん

行間から感じる深い人間愛と説得力

若者の活字離れが進む、本を読まない事が

当たり前という風潮が広がっている。しかし

青年期の良書との出会いは啓発を与え、人生を

開くきっかけとなる。

そうした点で言えば、池田名誉会長の著作ほど

大くの人々に啓発を与えている書籍はない。

本を読むことは、本の筋書きを読むのではなく、その

行間に刻まれた作家の思いをくみ取ることが大切である。

行間を読むことで、自分自身が文章を書くときの力となる。

何より説得力のある文章を書くためには、本を読まなければ

ならない。というのが私の実感だ。その実践を長年続けて

おられるのが名誉会長であろう。

◆ 私自身は、名誉会長と直接お会いしたこともない。

しかし「日中国交正常化国民協議会」の一員として活躍

する中で名誉会長を知り、著作を読むようになった。

今から30年前以上、初めて小説『人間革命』第1巻を読んで

以来、さまざまな著作に触れてきたが、私なりに感じる

名誉会長の人物像がある。

◆ 大変な読書家である。著作の中で偉人や思想家の箴言が

数多く引用されるが、普段から読者をしていなければ、

こうした言葉は書けない。若いころから読書を習慣付けて

こられたんだろう。

◆ 根本的にヒューマニスト(人間主義者)であり、人間に

対しての温かいまなざしがある。

◆ 寸暇をおしんで執筆され、その中でも言葉を選んで

使われている。一言の言葉の重さを知っているのだ。

◆仏法を基調としながらも、決して思想を押し付けない。

哲学として書かれているからこそ、多くの共感を

得られるんだろう。

◆ 詩人であり、文章はリズム感にあふれ、躍動している。

だから文章が非常に読みやすく、親しみやすい。

名誉会長は随筆なども書かれているが、それらも単なる

エッセイではなく、必ず自分の主張がある。その主張には

一貫性があり、説得力があることも特徴の一つだ。

何よりも名誉会長の著作には、その行間が深く感じられる。

◆ 私は最近、孔子の「論語」を読んでいるが、名誉会長は

孔子の言う「仁」があふれた、極めてまれな人物であろう。

小説『人間革命』と『新・人間革命』は昨年、新聞連載で

5700回を超えた。世界でこれほど長い小説はない。

しかも、人間愛というテーマに貫かれ、激務の間を縫って

今も書き続けられている。その苦労は並大抵なものではない。

◆ 私自身は仏法や学会の歴史などはまったく分らない。だが

小説『人間革命』を初めて読んだ時に最も感動したのは学会の

三代会長に流れる「師弟の絆」の強さだった。

私にも学問上の師匠がおり、弟子もいる。師の思想をどう

継承し、いかに発展させていくか。それが弟子の努めである。

小説『人間革命』には、弟子としての自覚が非常に強く表れ

ており、池田名誉会長自身が戸田第二代会長から直接に強い

影響を受けた事が良くわかる。

名誉会長は今も師の構想実現のために努力され、執筆を続け

ているが、その源泉こそ「師弟のきずな」にあると確信する。

杉江名誉教授の論文に、不肖珍念、減らず口は恥ずかしい

のでコメントは、蛇足です,一段と精進します !(^^)!

「君が世界を変えていく」(●^o^●)

     Img022_3     「今年は(国民読書年)です」

活字文化の復興と人間性を豊かに

育む読書をテーマに各界で活躍する著名人に「人生を

豊かにしてくれた本との出会い」を順次紹介します。

絵本作家 森野さかな・さんです。

池田名誉会長の著作の中で、私が最も影響を受け、また最も

多くの方にお薦めしている作品です。この本から得られる

ものを、端的に表現するのは難しいですが、あえて言えば

「正視眼」で物事をとらえることのできる、豊かな智慧だと

思います。「グローバル(地珠的規範)な視野」と「ローカル

(地に足をつけた)な行動」がいかに大切か。そして、それは

互いに矛盾せず、日々の暮らしの中で両立できるのです。

しかも、それは何も特別なことではなく、要はどんな境遇や

立場の人でも、同じ一個の人間であると尊び、接することに

あるのです。

☆ 「お母さんは、「日本人を産もう」とか「アラブ人を産もう」

と思って、産んだのではなかった。ただ「すこやかな、いのちたれ」

と願っただけのはずだ。ちがう国で、ちがう名前で呼ばれようとも、

薔薇は薔薇、菫は菫、人は人」・・こうした「正しさ」に立って

自分らしく身近な人を愛し、尊ぶ行動を貫けば、それはそのまま

世界平和を築く大きな貢献となる。国連職員や「国境なき医師団」

の人だけが平和の担い手ではないのです。

☆ この本自体、日本語の文章の隣に英語訳が載っており、また

デンマーク・ヒンディー語などにも翻訳され、名誉会長の代表作

として世界的に著名だと聞きました。この作品が広く読まれ、私と

同じように共感できる人が地球上にたくさんいると思うと

とてもうれしい気持ちになります。

○ 君が世界を変えていく (池田大作著 朝日出版社)

  ☆  A11 珍念のひとりごと

読者の皆さま・珍念の我田引水かも知れませんが、お気に

障ったらお許しください。

★ 筆者は、21歳の時、北海道にいるとき、名誉会長の振る舞いに

感激して鈴蘭の花を、先生のもとに送りました、そのお礼に先生から

会長講演集・9・10巻を戴きました。本を拝読して心が躍動しました。

ちょうど、子どもが母親を求めるように、先生の所に行き本のお礼と

決意を述べました。先生から・大激励を受けお土産まで戴き感激

しました。或る時・失業して苦悩のどん底の日々のとき、記念撮影の

おり、先生から小説「人間革命」第4巻を戴き自分の不甲斐なさ

に、猛反省しました。愚かな珍念です。いっも、心が揺れています。

珍念の心の中で、愚かな自分と賢い自分が今も、熾烈な戦いをしています。

○ 池田先生の思想は世界192カ国・地域に広がりました。

○ 小説[人間革命]『新・人間革命』の新聞連載記録が日本一を達成(05年)

○アメリカ創価大学、ブラジル創価幼稚園が開校(01年)

○ 7000人の世界の識者との対話 ○ 50冊を超す対談集を発刊

○ 660を超える名誉市民証 ○ 大学・学術機関で32回の講演

○ 28の国家勲章○272の名誉学術称号○世界5大州から4000の顕彰

今や世界が先生を絶賛しています。

池田先生の偉大さは、無名の一青年の珍念との出会いも一国の大統領

とも・・わけ隔てなく 同じ態度で接していられます・・また未来を

託す子どもたちとも・・お会いされた方たちが 異口同音に先生の

人間性に触れて・・感動されています・・無智・無教養の珍念でも

心が輝き躍動します。先生の虜に! 語弊があるかなぁ !(^^)!

池田名誉会長の振るまいそのものが、永遠に、心に残る<名作>です!

「当たり前」の大切さに気付く (^^♪

Img022                「今年は(国民読書年)です」

活字文化の復興と人間性を豊かに

育む読書をテーマに各界で活躍する著名人に「人生を

豊かにしてくれた本との出会い」を順次紹介します。

歌手 アグネス・チャン・さん です。

☆ お母さん、面白い本があるよ!・・と息子から薦められ

て読みました。米国では小学6年生から中学生向けの本

として有名なベストセラーです。文章も平易で確かに面白い

のですが、とても奥深い哲学的な物語です。

ある未来社会が舞台です。主人公は、コミュニティーで一人

だけ選ばれる「GIVER(記憶を伝える、注ぐ者の意)の後継者

に命じられた、一人の少年。老いた師のもとに弟子入りした

少年を中心に、コミュニティーの暮らしが描かれます。

☆ ここには「自由」がありません。就職や結婚など、あらゆる

ことをコミュニティーが決定します。また人々には記憶も

感情もなく、色や音楽を楽しむ感覚も持っていません。

結末まで読んでも、物語は何の答えも示しませんが、読者は

☆ 日ごろ「当たり前」と思っているすべての事が、いかに尊く

大切なことか、自然と気付かされるのです。 最近は、子供から

薦められる本を、私が必死になって読んでいますが、今まで

たくさんの本を一緒に読み、また薦めてきました。読書をする

楽しさと豊かさを、子どもたちにしっかり伝えられたことが、私の

子育ての中で最も、(間違っていなかったこと)だと実感しています。

「邦訳ザ・ギバー(記憶を注ぐもの)島津やよい訳・新評論」

 ☆   A11 珍念のひとりごと

☆ 読書・・それは未来の扉 勇気を出してノックしてみよう!

珍念 「当たり前の大切さに気付く」を読んで感激しました。

きりっと山葵の利いたエッセイでした!  

そうそう・・ 読者の皆さま・・本に親しまれていられますかぁ?

あ・・蛇足でした・・・(;一_) 

「いい人」ってどんな人? (*^。^*)

自分らしく生きることが大切 

がんを患っていた母が末期を迎えたころ、自分の感情を

ストレートに言葉に出すようになりました。

いつも穏やかだった母を知る人の中には、「人が変わった

みたいね」と言った人もいました。ですが私は、そんな母を

好ましく思っていました。母は長年、(いい人)で生きてきました。

典型的な良妻賢母型で、親戚や周囲への人当たりもよく、

とりわけ、病弱でわがままな父には献身的に仕えていました。

▼ 私はそんな母に、同じ女性として歯がゆさを感じていました。

”自分の人生はどこにあるの”と、私はいっも思っていました。

そんな母の変化が、人生の最後に表れたのです。感情を

抑えきれなくなった母に私は、”もっと我儘しなくていいわよ。

もっと、言いたいことを言っていいわよ”と心の中で応援して

いました。母は(いい人)を卒業して、自分らしくなったのだと

私には思えたのです。

▼ ある女性は、暴君な夫に従い、かしずくように仕えてきました。

60歳を過ぎたころ、認知症の症状が現れ、夫に向かって暴言を

吐くようになったと聞きました。 それまで(いい人)だった人が、

病気や老いで(いい人)でいられなくなると、周囲の人は

「あんな人ではなかったのにね」と言います。では、(いい人)とは

どんな人なのでしようか。

▼ 私は、自分にとって都合のいい人が(いい人)と言われて

いるのではないかと思います。自分にとって都合が悪くなると

「あの人は変わったわね」と言うのではないでしようか。

本来(いい人)とは、自分にとっても周りの人にとっても

”都合の(いい人)なのだと思います。

自分を押し殺す必要はないのです。無理をして、“いい人”で

いることは大変です。 “いい人”と言われているあなた、そろ

そろ、あなたらしく生きてみませんか!

介護カウンセラー羽成幸子さん(ほがらか介護)引用

 ☆   A11 珍念のひとりごと

☆ 珍念・・子供のころから・・今もですが 自分の意見を

両親や兄弟・友人・学校の先生たちに後先考えないで

発言していました。いい人・? ではありませんでした。

今も・・ですが! その為 後で後悔し自己嫌悪に苛まされて

います。。珍念 恥ずかしいですが、羽成先生の論文と正反対

の行動をしています・・ (-_-;) 精進しているときは、相手の

人の話をよく聞き縺れた糸を解きほぐすように言葉が出て

きますが!心の中にいい人と 悪い人が いっも・綱引きしています

「相手かまわず自分を押し付けたり、ワクにはめて、考え

ようとすると人生の機微はわからない。親身になって考える

思いやりの心が強ければ、その機微を知ることが出来る」

との恩師の指導を思い出しました。 珍念 今から

一段と精進します・・あ・・・っと また 面白くない能書きを述べ

ました・・・こそっと・・消えます (^^♪

「心」をつかめ!「智慧」をだせ・・§^。^§

珍念 先日、友人の誕生日に招待を受け突然 挨拶

を請われ、弱りました・・とっさに 十八番の手品を

4つ披露しました・・やんやの大喝采を浴びましたが、

やんちゃ坊やが、叔父さんの頭 ツルツルですけど!

ナヌ(*_*; 手品で頭の毛を生やしたら? 一瞬・皆・固まり・・・ 

珍念・・にっこり笑い・・僕 叔父さんの顔の前にスカーフを

広げて目を瞑り3つ数えて1・2・3はい 見事に髪の毛が

生えたでしょう。。ん・・・ ( ^^) _旦~~ 何でかなぁ? (@_@;)

なぞ解きはマジシャンで御法度です・・ぅう

坊や叔父さんに弟子入りしない・・面白いよ・・厭です きっぱり

断られました。 ここで 引きさがったら面白くないので十八番の

スピーチを述べました。

中国の智慧「人はだまされやすい」

日蓮大聖人の御遺文に「市の中の虎」という言葉が有る。

(伝教大師の言葉を数か所・引用されている。)

末法において、戒律を持った聖人のような人間はいない。

そんな「人間以上の人間」にみせかける悪い僧侶は、「市場(町)の

中に虎がいる」ようなもので、ありえない・・ウソである。

騙されてはいけない!誑かされるな!という意味である。

☆ 中国に、こんな話がある。

ある国(魏)の王子が大国(趙)に人質にとられることになった。

王子とともについていく忠臣が、出発の前に王さまに言った。

「王様、今、一人の人間が、「市場に虎が現れた!」と言ったら

それを信じますか?」 (いや信じない)と王様

「では二人の人間が;「市場に虎が現れた!」と言ったら王様は

それを信じますか!」王は「もしかしたら」と疑うだろう」と

「それでは三人の人間が「町に虎が現れた!」と言ったら 王様は

信じますか!」「うん、それならば、わしは信じるだろう」

忠臣はそこで言った。「 そもそも、市場に虎が出るはずがありません。

それにもかかわらず、たった三人の者が口を揃えて言っただけで

虎が現れたことになってしまうのです」

それほど人間は騙されやすい。自分で考えてみようとしない。

忠臣は「王様は、私が、この都を離れて遠くへ人質になって行って

しまうと、私の悪口を沢山聞くでしょう。私を陥れようという人間は

三人どころではありません。しかし、絶対に信じないでください」。

王様は、「わかった、だまされまい」と約束したが、やっぱり騙されて

しまい、忠臣は迫害されることになった。

「戦国策」(紀元一世紀の書)に出てくる話である。

 ☆   A11  珍念のひとりごと

皆さま・・珍念の他愛のない・・マジック には 騙されても

(魏)の王様のように・騙されないように自分は大丈夫があやういです (-_-;)

敵も悪智慧がある・・・天才ですから お気をつけてください・・・

あ・・・珍念・・・皆さまの・・心を 盗みました・・・あは はは (v^ー゜)ヤッタネ!!

そろそろ・・・ばれないうちに退散します・・ (●^o^●)

エトルリアの涙壺 (@_@;)

「エトルリアの涙壺」

(古代イタリア)のその国では、誰の家にも、陶製の小振り

の壺があった。そして人に言えない 辛さや寂しさの涙を

この壺にひそかに注ぐ。 おかげで、エトルリアの人々は

いっも元気で、朗らかだったそうです。

地中海に面した港町ですが、嵐のときには避難する人が

エトルリアに来て,心を癒されたそうです。

誰、一人として、ものの、ついでと いうような 扱い方をして

人に侘しい思いを させられた、ことはないそうです。

お会いされた方たちは、風待ち港で嵐をしのいだ船のように

爽やかに、出港していく!

   A11   珍念の一考察です・・(●^o^●)

☆ 人間にとって、大切なことの一つは、帰るべき大地・原点

を持っているかどうかである。 人生には悩みもあり、活き詰まり

もある。もとより、それがあるゆえに、人生の醍醐味があるので

あるが、ともあれ、自分を見失いそうになったときに、自分自身を

位置づけていく座標軸ともいうべきものが或るということが大切である。

「池田大作・箴言集」

  悲しみの母へ釈尊の導き

☆ 釈尊の時代、ある女性が、可愛い子供を病気で亡くした。悲しみの

あまり、正気を失い、死んだ子供を抱いたまま、町をさまよっていた。

会う人ごとに、「この子の薬をください」と言った。

ある人が、哀れんで彼女を釈尊のもとに連れてきた。釈尊はいった。

「よしよし、よい薬をあげよう。町へ行って、白いケシを貰ってきなさい。

ただし、(死人を出したことのない家)の白ケシでなければいけないよ」

彼女は、町じゅうを一軒一軒、歩いて探した。けれども「死人を出した

ことのない家」は一軒もなかった。ついに、彼女は自然に理解した。

「人間は必ず死ぬ」のだと。自分の悲しみだけが特別なのではない・・

そして「永遠の生命」を悟るために、釈尊の門下になり、聖者と仰がれる

までになった。釈尊は、自分だけの悲しみに囚われていた彼女の心を

こういう方便を使つて、ほぐし、解放し、三世の生命観に立った、より

大いなる智慧に目覚めさせたのである。

ともあれ、「境涯を開く」ことである。人間、いっも自分のことだけを

考えていると・次第に「小さな心」「小さな自我」に固まってしまう。

法のため、人のため、社会のためという、開かれた大きな目的に

向かって働けば「一心の妙用」によって「大きな心」「大きな自我」が

築かれていく。「大きな心」は即「大きな幸福」を味わえる心である。

「小さな心」には重圧であった悩みも、軽く感じ、悠々と見下ろして

いけるようにもなる。

☆ 読者の皆さま・・ 珍念・・無学ですので上手に心の思いを

文字に表すのが・・・難しいです・・誤解を与えたらお許しください。

珍念の・・・他愛のないひとりごとです・・・うぅう ( ^ω^)おっおっおっ

日蓮大聖人のお手紙に励ましの大切さが述べてあります

「余りに人の我をほむる時は如何様にもなりたき意の出来し

候なり、是ほむる処の言よりをこり候ぞかし」(御書1359ベージ)

人があまりに自分をほめるときは、どのような状態にでもなりたい

と、いう心が出てくるものである。

これは、ほめる言葉から起きてくるものである。・・と仰せである。

仏子をたたえ、守った分だけ、その人は諸天・諸仏に称えられ

守られる。と・・

ともあれ・・今 拙い珍念のブログを見ていられる方も 筆者も

100年後には・・この世にいないかも 知れません

皆さん・・エトルリアの涙壺・・? 

偉大な師匠が・・・いられますかぁ?  珍念・・拙い弟子ですが

偉大な師匠がいます・・あ・・また 調子にのって・・ !(^^)!

是にて失礼します!

 

「確固たる自分を」(^-^)

夫れ雪至って白ければ・染むるにそめられず・漆至って

黒ければ白くなることなし、是よりうつりやすきは・人の

心なり。善悪にそめられ候」 「日蓮大聖人」

目覚めたら、一面の銀世界でした。珍念、ふと・

西山殿に与えられたお手紙に思いを馳せています・・ちょうど 

700年前も、今日のように 雪景色だったのでしよう。

(移りやすいのは人の心です。善にも悪にも染められます。)

善縁にあえば生命は{向上}するし。悪縁にふれていれば{下降}

することはまぬがれません。

法華経に縁して染められれば必ず成仏するのです。と

☆ 「善人と居るは、芝蘭の室に入るが如し」善人とともにいることは

香り高い草花のある部屋に入るようなものだ (孔子家語)

「蘭室の友」という言葉もあるが、香りというものは、しらず

しらずのうちに人に移っていく。素晴らしい人格の人とともにいれば

自然のうちに徳の芳香が体に沁み込んでいく。「薫陶」されていく。

ゆえに、「善人」と付き合うことが大切である。

絶対に、悪い人間と付き合ってはならない。

あ・・いけない 面白くもない 説法を (;一_一)

哲学とは「これだけは譲れぬ」信念 ・・・(●^o^●)

「自分がない」 というのは、日本人に多いですが、恐ろしいことです。

名誉会長:「命をかけても、これだけは譲れない」そういう守るべき

自分の掟をもってない。  戸田先生の「哲学の定義」は有名です。

「哲学」というものは、西洋の哲学でいうデカルトやカントなどのように

めんどうなものではない。私は大学を出ないからわからないというもの

もいるが、哲学するということは、考えることである。

☆ 一番優しい哲学は、水戸光圀(水戸黄門)の漫遊記があるが、

その中に、いなかでお婆さんに水をくれといって、米俵に腰をかけたら

おばあさんが、これは水戸様にだす米だといって怒った。

光圀は頭をさげてあやまった。聞けば、こっけいな話であるが、

おばあさんには、自分の作った米を領主様にさしあげると、このことが

哲学である。

☆ 「だれがなんといっても、これだけはどうしようもない」これが

哲学である」と 哲学も文化も、飾りでなくて、生き方なのです。

外面にぶら下げるものではなくて、内面に肉化すべきです。

名誉会長:西洋における「文化」の本義は「耕すこと」です。自然状態

の荒れ地を耕して、世話をし、手入れしをして、豊かな果実ができるよ

にする。それが農耕という文化です。同じように、人間の魂も生まれた

ままでは、荒れ地です。それを耕し、雑草を抜き、手入れをし、価値の

果実を生めるよう世話をする。それが「文化」の働きなのです。

また「哲学」も、ソクラテス以来「魂の世話をすること」と呼ばれています。

☆ 拝金社会にない「温かい言葉」(美)

魂を荒れ地のままにしながら、文化を語っている。その歪みの原因も

生き方に「深き哲学がない」ことにありますね。

名誉会長:哲学が無く、自分がなく、魂がない。だから、どんなに

文化を論じても、昔は軍国主義と権力に「人間が」が潰されてしまった。

今は、拝金主義と権力に「「人間が」潰されていると言えるかも

しれない。 アイトマートフさんは、キルギスの少年を描いた小説

「白い汽船」で書いています。祖父が少年に教えます。

「ああ、わが息子よ、人が智慧ではなく、富で飾るときこそ、あやういのだ!」

その意味では、日本人はもっとも「あやうい」社会になってしまった。

哲学と文化。今社会に求められているのは「世界的な哲学」を基盤に

した「文化」の推進です。ところが、それを実行している文化の団体

創価学会を反社会的な存在の如く宣伝している人々がいます。

こんな卑しく情けない行動は、長続きするわけないでしょう。

民衆は賢者です。・・

☆ 画家のミロはスベインの独裁制の時代を耐え抜いて仕事をした。

彼は、抑圧のなかでも人々に「楽天主義」を送ろうとした。あの天真爛漫

な、明るいミロの絵は、その戦いの結実です。彼は、何があろうと

「元気に生きたいならば、何のための人生か」と笑い飛ばしながら、

描き続けた。 見た人が皆、愉快に生きられるように・・それが彼の

願いだった。それが彼の「抵抗」だった。

抵抗しなければならない。生きた人間であるならば。「抑圧」に

対する、精神の「抵抗」そのなかに「文化」は生き生きと輝いて

いく。そこには権力への抵抗だけでなく、金力や堕落への抵抗

死や宿命への抵抗も含まれます。

「人間は人間になろうと努力する生きものだ」という言葉が

あるが、

「人間が人間になろうという努力」それこそ文化です。

その力を強め、その力で人類を結ぼうとしているのが、私どもの

崇高な民主運動なのです。

☆    A11  珍念のひとりごと

あ・・・またまた・・珍念のな・・・が・・・い う・・・ぅうう (^^♪

;:゙;`(゚∀゚)`;:゙ 読者のみなさま・・ 面白くも なんともない

幼稚な 珍念のひとりごと でした。 きっと 閻魔さま から 

減らず口に・・絆創膏を 張られる・・・ぅう もう 口を閉じます (-_-;)

己の欲せざる所は人に施す勿れ §^。^§

ある時、孔子の高弟の子貢(しこう)が得意そうに孔子に言った。

「私は、自分が他人からされたくないことは、自分も他人に

対しては、しないようにしたいと思います」

この子貢はかつて魯の大夫の叔孫武叔が「子貢は孔子よりも

出来た人物だ」と褒めたように、知恵と才覚にすぐれた人物だった。

自分に対して自信を抱いており、この時も、うぬぼれの余り

「どうです・立派な考えでしょう」といわんばかりに、得意そうに

孔子に言ったのである。 しかし、思い上がった人間にそんな謙虚

な事はできない・一時の気まぐれで、ちょっと いいカッコしたかった

だけであることを見抜いた孔子は厳しく指摘し「それは、お前にできる

ことではない」 鼻を折られた子貢は己の慢心を反省し改めて謙虚に

たずねた..。「何か一言、人が一生、努力しなくてはならないような言葉

はないでしょうか」

☆ 「それは、(思いやり)の気持ちだろう。自分のして欲しくない

ことは、他人に対してもしてはならぬ」と(夫れ恕か。己の浴せざる所

人に施す勿れ)論語}子貢の述べた言葉を、謙虚になった彼に

そのまま教訓として言ったのである。自分を放棄した子貢の心にこの言葉

は新たな教えとして深く沁み込んだのであった。「先生の道は誠意と思いや

りに尽きる」と これは、高弟の曾参の言葉である

  A11   珍念のひとりごと

☆ 珍念・・恥ずかしいですが、格言の反対の事ばかり、他人にしていました。

愚かな珍念です・・ 修行が足りませんです・・心を入れ替えて精進

します。 (-_-;)

そうそう インドのガンジーは、「自分が出来ないもの、実践したことが

ないものは、他人に欲しない」と・・ガンジーは、また、こんな事を言っている

「私は手におえない楽観主義者である。私の楽観主義は、人間一人ひとりに

非暴力を展開させる無限の可能性が備わっている信念によるものである。

非暴力は、自分の人生において展開させればさせるほど、伝染性は強まり

ついには、周囲を圧倒し、次第次第に世界を支配することになろう」

「非暴力」は、必ずゃ人類に{伝染}し続け、世界に広まっていくにちがい

ないとのガンジーの「大確信」である。

☆ 珍念の恩師は、戸田先生に「どういう人が偉いのでしょうか」と質問した

そうです。 すると先生は、にっこり笑って即答された。

確信のある人だよ。人生は、また、すべては確信だよ」と 学問、智慧

その他、人間にとって価値あるものは、たくさんある。しかし、その中で

戸田先生が直ちに「確信」を挙げられたことに、深い意味が感じられて

ならない。 もちろん正法への確信ということが大前提であるが、さきほど

「強気で」と申し上げた通り、確信なき弱気一念では、勝利の人生を切り

開いていくことはできない。境涯も開かないし、祈りも中々実現しない・

強く深き「確信」こそ、生きゆく根本の力である。確信の人にはグチが

ない。弱音もない。希望がある。いっも朗らかである。また人にも

希望を与えていくことが出来る。人生が広々と開かれていく。

今日より明日へ(池田大作)スピーチ 引用

あ ・・・また なが・・ながと・・インスタント・ラーメンの麺が延びる・・・ぅう

珍念の迷説法でした・・・是にて失礼します  o(*^▽^*)o

「決意あるところ、道あり」

人類の最も大事な世紀に活躍する人に贈る

池田SGI会長の(希望対話)を抜粋して英訳を掲載します。

SGI会長:有名な諺がある。「決意あるところ、道あり」

強い強い決意が有れば、道は開けるということです。

道がなければ、道をつくればいい。

☆ ナポレオンは、「前進したいが、アルプスがあって進めない」と

報告を受けて、何と答えたか。「それなら、アルプスを突破しよう」

と言ったのです。そして、それまでだれも近ずかなかった

サン・ベルナール峠に道を切り開き、有名な「アルプス越え」を断行

して、勝ったのです。

☆ エジソンは「20世紀を発明した男」と呼ばれる。しかし、学校では、

さんざんだった。

成績が悪すぎて、小学校を3か月で、やめることになってしまった。

「小学校中退」が、彼の学歴です。その彼が発明王になった。なぜ、

成功したのか。答えは簡単です。「成功するまで、やり続けた」からです。

「電池」を発明したときだって、うまくいかなくて、実験を1万回以上した。

まわりは心配したが、エジソンは、へこたれるどころか、意気揚々としていた。

「失敗なんかしていない。(うまくいかない方法)を1万も考え出したんだから」

と、胸を張っていた。

☆・・今3年生の多くは受験が目前です。今のお話を聞けば、勇気が湧いて

くると思います。みんな不安ですから。

SGI会長:不安で、当たり前だよ。試験の前に、不安でなかったら、そのほう

がおかしい。みんな不安なんだよ。自分だけじゃない。その不安に負けて

元気をなくしてしまうのか、それとも不安だからこそ、もっと頑張ろう、最後

まで頑張ろうと、自分を励まして進むのか。それだけの違いです。

最後まで諦めてはいけない。あせったり、なげやりになってはいけない。

やるべきことを決めて、きちっと挑戦していけば、受験の日まで、学力は

伸び続けます。今からでも、決して遅くない。勉強だけではない。

生きている限り、「もうダメだ」なんてことは、一つもない。

☆       A11  珍念のひとりごと

☆ 読者の皆さま・・愚かな 珍念です・・そうそう アメリカ民主主義の

先駆者・・ホイットマンの詩を思いだしました。

大事なこと・それは今・ ここにある人生であり・ここにいる人々だ。

何よりも大切なことだ。 どこかではない・ いっかではない・

大事なのは、「今ここ」である。「今ここ」にいる人々である。

あ・・また能書きを・・・ !(^^) ! (*^ω^*)ノ彡 きえます・・ぅう

自分の殻を破ろう (^^♪

「昨日の我に飽きたり」 芭蕉の弟子、許六(きょりく)

の言葉です。

今日は、もう、昨日の自分ではない。毎日変わる。

毎日が出発であり、挑戦である。惰性や油断など無縁である。

常に真剣勝負であり、新たな創造新たな開拓である。

◆ 戦前、スイスに一人の世界的ピアニストがいた。

練習熱心で有名であった。 ある人がコンサートを依頼した。

ピアニストが聞く。「何日後でしょうか?」 「十二日後です」

「それではお断りします」「なぜですか。どうしても、お願い

したいのです」

「コンサートを開くなら、新曲を弾きたいので、練習の時間が

いるのです」「他の人は、三・四日あれば練習をすまされますが・・」

「いいえ。私にはとても足りません」「あなたよりずっと若く、腕も

未熟な人達でも、十二日もかかりませんよ」 「私は・・・」

そこまで頼まれてピアニストは言った。「一曲ごとに最低千五百回

練習します。一日に五十回として最低三十日かかるのです。

残念ながら、このお話はお断りするしかありません」 世界的な

名手でありながら、なお、それだけの稽古を重ねたのである。否

こうした影の努力が習慣にまでなっていたからこそ、第一人者の

地位に、のぼっていった。目に見える「栄光」の影には、必ず、並大抵

ではない「準備」と「苦闘」ある。自己への厳しさがある。

◆ 「太夫(歌い手)の声がよいのと、相撲で力があるのと、役者で

男(顔)のよいのは、みんな、下手なり」・・・自分の優れた資質に甘えた

人間は伸びが悪い、とのことを指摘した江戸時代の言葉である。

むしろ厳しい条件、環境であったほうが、努力を重ね、上達していく。

真剣であるし、結局は、恵まれた人よりも成長し、追い越していく。

◆ ロシアの名バレリーナ、アンナ・パブロワ(1881~1931年)が来日

した時(1922年大正11年)彼女によって世界的に有名になった

「瀕死の白鳥」を披露した。踊り終わった。幕が下りる。その間

彼女は、ずっと息を止めていた。全く動かない。激しい動きの後

なのに、呼吸をしている様子がない。それを見た、歌舞伎の名優

(六代目尾上菊五郎)が激賞した。 しかし、もしも幕が下りて

こなかったら、どうするのか・・・・。

◆ アンナは答えた。「幕切れは瀕死ですから、もしも幕が下りて

こなかったら、そのまま死ぬつもりで踊っています」

天才の才や環境だけで一流になった人はいない。 文字通り

「真剣勝負」を繰り返した修羅場の数が人を鍛え、本物にしていく。

今日より明日へ(池田大作スピーチ) 引用

 ☆    A11 珍念のひとりごと

◆ 人生は、勝たねばならない。 勝ってこそ、幸福もある。

栄光もある。 勝利の山を連続して登り、越えきってこそ

栄冠は輝く。

孫子の兵法に「敵を知り己を知れば百戦危うしからず」

「勝つ」には、まず、何より、「自分に勝つ」事である

「おのれに勝て」「人間の心理を知れ」の二点に要約

できるのではないかと思う。

そのうえで、大切なことは、「誠実」である。仕事においても

近所のお付き合いでも、外交でも「誠実」によってのみ、深く

人の心をつかむ事が出来る。 これこそが最終の真実の

勝利のカギを握るのである。 「誠実」には、裏に、血のにじむ

ような努力と心労がある。 祈りがある

珍念 知り合いの方々から時々会合の入場券 や 催しの

案内状を頼まれて、喜んでお手伝いをさせて戴いています!

色々試行錯誤して何度も手直し、して作製したのを喜んで

戴き疲れも取れて嬉しいです。勉強が出来た事を感謝しています。

そのたびに、頭を虐め (●^o^●)・・ちょいと ばかり 残り少ない

髪の毛が・・抜けています・・・ぅう

あ・・また また 減らず口を・・・「ゲーテ」からお叱りを受ける (。・w・。 )

きえます・・・・ぅうう

目標は明確に(*^ー゚)bグッジョブ!! 

「モチベーション」という言葉をよく耳にする。

直訳すると「動機づけ」分りやすく言えば、「やる気」と

いってもいい。

◆ 日本サッカー協会の名誉会長で、Jリーグの発展に

尽力した川渕三郎氏が、「選手のやる気に水を差した

一言」として監督時代を振り返り自戒している。それは

選手に伸び伸びとしたプレーをしてもらいたいと思って

掛けた「負けてもいいから、いい試合をして欲しい」という

一言だった。(同氏著「51歳の左遷)からすべては始まった」

◆ 選手は「絶対に勝つぞ」と意気込んでいただけに、リラックス

させようと掛けた言葉が裏目にでてしまった。物事を伝えるには

はっきり言葉を表す事が大事。だが、本位を伝えるのは中々

難しい。ましてや(自分にできるだろうか)と尻ごみしている人を

やる気にさせるのは並大抵ではない。

◆ 動機づけとは、目標の明示だ。あるリーダーは、対話拡大

に悩む友らに、まず10人に断られることを目標に挑戦しよう

と提案した。皆の表情が明るくなり、生き生きと対話に励み

かってない結果をもたらした。高いモチベーション、それは

「志」ともいえよう。 コラム「名字の言」(扶)引用

◆ あ・・そうそう まったく 正反対の結果の話です。

「リンゲルマン効果」 栄養剤 ?  (@_@;)

社会的手抜き効果とも言われ、人は集団行動や共同作業を

行うときに無意識のうちに手抜きをしてしまうこと。集団が大きく

なればなるほど、「他の誰かが」と思うことによって、無意識に

一人の出す力は弱くなる。ちなみに「リンゲルマン」とはこの効果

を発見したドイッの心理学者リンゲルマンに由来する。

読者の皆さま、運動会で綱引きされた事が有られると思い

ますが!

◆ 綱を引く人数によって込める力はいかに変動するのか・・?

<綱引き実験で実証された具体例>

☆1人・・100% ☆2人・・93%  ☆3人・・85% ☆8人・・49%

1人では100%の力で綱を引いていたのに、8人になると全力の

半分以下になってしまう。

◆ リンゲルマン効果・・ポケット

人間は集団になると一人当たりの作業量が減少することが

実験によって証明されています。

「どうせ頑張っても、こんなにたくさんの人間がいたら、自分の

努力なんか認めてくれないよ」などの心理状態によって引き

起こされるこの効果は「リンゲルマン効果」と呼ばれます。

◆ 人間は自分が社会の歯車の一つになっていると感じた

途端せつかくの能力を使わなくなってしまうんです。

リストラされて悩んでいる方は、逆に自分の能力を発揮する

機会を与えられた、とブラス思考で頑張って下さいね。

◆ こんな実例もある。

1964年アメリカの某マンションで女性が婦女暴行にあった。

彼女(キテイ)は殺されるまでに30分以上かかっている上に

38人ものマンション住民が目撃していながら誰も通報する

ことなく結果、彼女は見殺しに・・・。

「誰かが」という集団心理の恐ろしさを表す一例である。

他にも、電車内の痴漢行為。被害者がシグナルやサインを

出していても周りの乗客は見て見ぬふりをすることがある。

これも同様の効果。

◆ さらに、困っている人がいても都会の人は冷たいなどと

いうこともよく聞かされるが、これも同様の群集心理が働いて

いるものと思われる。 都会は人口密度が高いので自分が

やらなくても「誰かが」という心理が働き、気づきながらも

自分は見て見ぬふりをしてしまうのだろう。

個々の責任の分散と同調のしすぎには注意して生きたい

ですね。  「うんちく」より・引用

 ☆   A11  珍念のひとりごと

珍念・・・「モチベーション」「リンゲルマン効果」は人間の

表・裏一体の姿をまざまざと表しています・・どちらの行動

を取るのか・・? 思わず 珍念 腕組みをし う・・・ううと

呟きました。 実に人間の心の動きは不思議です!

私たちの心は ちようど 「テレビドラマ」を見ている時 悲しい

場面の時は、悲しく感じます、嬉しい場面の時は心も嬉しく

なります・・ 常に環境に左右されます・・・が!

それを解明したのが・・あ・・いけない つい (-_-;)

調子にのって いらざる おしゃべりを 閻魔さまから二枚舌

を抜かれる・・・ぅう 終わります・・・・・・ぅ (;一_一)

金銭は「良き召使か・悪い主人か !(^^)!

              A11

読者の皆さま。今日は、お金についての珍念の愚考です

徳川幕府の八代将軍・吉宗は歴代将軍の中で有名である。

吉宗が、ある時、名奉行の大岡越前守に聞いた。

「善悪とは、どんなものか・・?」 すると、越前守は、(起き上が

りこぼし)の人形を取り出し、転がしてみせながら言った。

「このように、いくら転がしても、すぐにまた起き上がります。これが

善です。たおそうとしても、決して倒せるものではありません。

善は絶対に負けない・・と。 吉宗は、うなずいて、「よくわかった。

それでは悪とは?」 

越前守は、今度は「一枚の小判を取り出し、「おきあがりこぼし」の

背中に結びつけた。「よくごらんください。これも、黄金を背負って

欲に迷いますと、悪に変わります。すると、この通り、再び起き上がる

ことができなくなるのです」と倒そうと思っても倒れない「おきあがり

こぼし」も小判を背負うと、もう起き上がれない・・つまり「善人」も

金によって「悪人に」変わるという譬である。

▼ 宝くじで、高額のお金を手に入れて、人生を棒に振った人々を

良くお聞きしますが。 金によって道を迷う。 珍念も、今のままでは

おかしくなるやに思います。人間の弱さや醜さが表れることが

起きる可能性が、あります。 ともあれ、お金は「使う」ものであって

「使われる」ようになっては、お手上げです。 確固たる目的を持って

いるか、否やで、善にも悪にも成る!

▼ イギリスの思想家ベーコンは語る。

「金は、よい召し使いだ。しかし場合によっては、悪い主人になる」

金に支配され、金に使われ、金を基準にする。それは、もはや金

の奴隷である。悪である。そして「金の奴隷」になった人を見抜かず

その人の言う通りに動く人・・そうした愚かな人は「金の奴隷」の

そのまた奴隷である。だました人間が、悪道に行くのは当然だが

だまされた人間も、道を踏み外したという点では結局同じになり

同様に悪道に行くことになる。 いっしか人の真心も金で推し量る

これ以上、みじめな人生があるだろうか。

▼ そうそう 一国の首相と幹事長が多額のお金に関わる疑惑を

持たれていますが・・不肖 珍念から見ても 何億という大金を

戴きながら・・他人事のように振る舞う人格に憂慮しています。

「李下に冠をただす」「櫂より始めよ」を実行して戴きたい。

何があっても朗らかに(●^o^●)

頭はよくなる 頭を使えば ( ^ω^)おっおっおっ

珍念、頭がちょいと(あはぁ 全部かな)悪いのですぐ

忘れて 安易な策や方法でその場を繕っています。

勉強机の周りには雑然と本の山が・ ・ (-_-;) その中に

表紙のボロボロになつた一冊の読書ノートが目に止まり

ました。 それは、世界で、初めて二つのノーベル賞を単独

で受賞された、ポーリング博士と

1954年に化学賞・1962年に平和賞を受賞)

池田名誉会長と最後の語らい(19933月サンフランシスコ)の折、の

エピソードです。 「頭をいじめる」

私は、ポーリング博士に「頭のよくなる薬はありませんか?」

博士は、にっこりと笑いながら答えられた。

「それは、努力しかありません。一つの目標に向かって、努力

していくことです。自分で、うんと頭を使って、頭をしぼって、頭を

いじめ抜いていけば、きっと素晴らしい頭脳になります。何の

目標ももたずに、平々凡々と暮らしていけば、知能が枯れて

しまいます」と!

▼ 作家の井上靖氏は自伝的小説の中で、小学生時代、野山を

駆け回る少年だったと記している。一方、息子の修一さんが叔父

から聞いた話によると、井上氏は座っていた畳がへこむほどの

勉強家だったと。

▼ 修一さん曰く、父の井上氏は「才能に恵まれて後に小説家

になったのではなく、才能はあったかもしれないが、子供の頃

からずっと勉強を続けた末、幸運に恵まれて世に出たのである。

(北国文華)と。勉強し続けるということ自体、氏の才能の一つ

(北国文華)と。勉強し続けるということ自体、氏の才能の一つ

だったにちがいない。

▼ 才能は、人生において、どう花開き、実を結ぶか分らない。

ゆえに、一時の成功や失敗をもって、才能の有無を言うのは

浅はかだろう。大切なのは、誰でも才能が芽吹成長する可能性

の大地を、自分の中に持っているということだ。

▼ 私たちは人生で様々な困難に出会う。がそれを乗り越える

たびに、きっと何かの才能を鍛え、生かしているのだと思う。

挫けず前を向いて進む限り、才能は必ず磨かれる。

▼ 池田名誉会長は「どんな運命も価値に転換していく人

それが、人間としての勝利者であり、王者であろう」と語る。

コラム(名字の言)「中」より 引用

  A11    珍念の偏見と独断の愚考です 

以前 何処かのラジオ番組で(山谷某)が心の悩みの

相談に応じて「絶望は愚か者の結論」と。いいえて、妙です。

珍念・・弁解の余地もありませんです う・・ぅう (;一_)

何かが抜けています・・抜けているのは髪の毛だけじゃ

ないようです。 ほんまに 珍念 愚か者です

悪い智慧は泉の水のように、こんこんと、湧き出ますが良い智慧

は・・お寝んね しています 何があっても、それを前進の糧に

珍念・・命果てるまで精進します・・ん またまた うどん屋の湯

湯 湯 言うだけ・・・・惰弱な珍念と熾烈な戦いを初めて

います。 ヽ(´▽`)/

読者の皆さま・・は 如何ですかぁ・・?

「できると思えば必ずできる」(●^o^●)

「人間は幸福の鍛冶屋」

「一定の目的に向かう信念のない人は何もできない。

我々は皆が(幸福の鍛冶屋)である。精神的に強い人は

運命の曲がり角にあっても自分の生き方に一定の影響を

与えうると信じる。」 ソ連の文豪・ショーロホフ

▼ ある男の子は、小さいころの事故で片足が短くなった。

しかし、両親は、どんなことでも、「お前にはできない」とか、絶対に

言わなかった。何でも、他の子供と同じようにさせ、スポーツもさせた。

「できると思えば必ずできる」「できない」としたら、お前が、やる前に

(できない)と思ったからだ」。これは精神主義や観念論ではなく

人間の潜在能力(眠っている力)への確信であった。その子は

学校時代はフットボールの名選手となり、社会でも成功した。

▼ ロシアの作家ゴーリキーが「才能とは、自分自身を、自分の

力を信ずることである」といった通りになった。

▼ イギリスの大小説家ウォルター・スコットは言っている。

「臆病な人間にとっては一切は不可能である。なぜなら、彼には

一切が不可能に見えるからだ」。 (不可能だ) 「ダメだ」という

一念が、本当に何もかも(不可能)にするのである。親から、いっも

「ダメな子だ」と言われていると、自分もそう思い込んでしまい、本当に

「ダメな子」になってしまうかもしれない。

▼ 悩みなき場所・・?

「うまく勝利した人は、条件がよかったのだ」と考える人は多い。

こういう人は、たいてい「もしも、自分にあれがあったならば」「もしも

自分がこんな問題を抱えていなかったならば」と考えている。しかし

それは結局、グチである。困難を抱えていない人はいないのである」

ある実業家が友人に言った。「君は、いっも(問題が多くて)と嘆いて

いるが、実は、私の知っている場所で「一万人もいるのに、だれひとり

問題を抱えてもいないし、、悩んでいない」と言う場所がある。紹介

しょうか?」 友人が「ぜひ頼む」と答えると、連れて行かれた所は

「墓園」であった。 `;:゙;`;・(゚ε゚ )ブッ!! (^^♪ わ~い

 池田大作氏(創価のルネサンス)引用

☆    A11  珍念のひとりごと

珍念・・愚か者です・・自分の心の悩みを指摘され・・目が覚め

ました。・・・なんでいっも いっも・・邪な心になるのかなぁ !(^^)!

そうそう・・・人間は、生きている限り、必ず「悩み」があり「課題」がある

その「課題」を”どうやって”克服するか。 不肖珍念永遠の課題です!

今のままでは・・・あの世で閻魔さま から厳しく断罪される・ぅう

今日は特に真剣にご祈念します・・あ・・・また へらず口を・・消えます!

確信から勢いが!

アメリカの鉄鋼王「カーネギー」(1835~1919年)

のお話です・・読者の皆さま、今日はちょつと固くて

面白くも・何ともないかも・しれません。 (;一_一)

☆ カーネギーは助産婦も呼べないほど貧しい家に生まれたが、

最後には4億ドルの資産をつくったという。今の価値なら、いくらに

なるか計算することも難しい。「稼いだ金は社会に返す」というのが

カーネギーの哲学であり、公共図書館に6千万ドル、教育制度改善

に7800万ドル、その他、寄付の総額は3億6千500万ドル。

つまり毎月100万ドルずつ1年間寄付し続けたのと同じになった

とされる。

☆ ところで、カーネギーの勝利の哲学」はこうであった。財産よりも

もっと尊いのは(明るい性格)だ。人間の心も体と同じだ。日陰に

いるのではなく、日光の照る場所に移るべきだ。困ったことが

あっても、笑いで吹き飛ばしてしまおう。さあ。日の当たる場所

に出ようではないか!」 いっも、心を、「太陽」に向けて生きよう

その生き方が必ず勝利をもたらすと、。

☆ 彼は子供のころから、貧しい母親に繰り返した。「お母さん、ぼく、

いっかはきっとお母さんに絹のドレスを買ってあげるよ。雇人を使ったり

自家用の馬車を飛ばしたり、きっとそんな身分にしてあげるよ」。

この「一念」「一心」が「不屈の智慧」の原動力になったのであろう。

母もまた、息子の将来を信じ、少しも疑わなかった。「お前は、必ず

立派な人間になるよ」と。

彼は自分が失敗するなどとは夢にも思わなかった。だから、何物も

恐れず、突進した。この「勢い」と「確信」が人々に「伝染」した。

そして彼を中心にして、周囲に「勝利」のドラマが次々と広がって

いった。

☆ 人生劇の「脚本家」も(主役」も自分

自分が「勝利劇」の(脚本家」である。そして(主人公」である。

シェークスピア(1564~1616年)は大劇作家らしく、何度も次の

意味のことを書いている。「人生は舞台だ。人々は皆、おのおの

の役を演じている」 仏法が教えるのは、人生劇の「脚本」を書くのも

「演じる」のも、自分自身だということである。「神」とか「偶然」とかの

他の何ものかが、脚本を書くのではない。自分が書いて、自分が

「名優」として演ずる。これが「一念三千」の法理に込められた

きわめて積極的な人生哲学である。 自分が作家で、自分が主人公

である。 大切なことは、素晴らしい劇(ドラマ)を演じるためには

まざまざと鮮やかに目に浮かぶまで、「脚本」(シナリオ)を頭に叩きこ

まねばならないということである。心の中でリハーサル(練習)も必要

かもしれない。「勝利劇」の目標(受験や、会社の成績など)紙に書いて

何度も何度も心にしみつくまで繰り返すことが効果的な場会もあろう。

池田大作氏 スピーチ (創価のルネサンス)引用

☆  A11_2 珍念 無教養で学問も浅くて (-_-;) 

ちゃらんぽらんの男です。この スピーチを学び、勇気がでました。 

生劇の「脚本家」も(主役」も自分・・珍念この言葉に

座布団10枚(いや 100枚)差し上げます (^^♪

あ・・ また、べらべらと 嫌われますので 退散します!

心の不思議な働き (^^♪

人間の「心」は不思議です。「心」には無限の可能性が

あります。良い可能性が開かれるのか、悪い可能性が開かれ

るのか、それによって人生の幸不幸が決定づけられますが!

日蓮大聖人は心こそ大切なれ」と説いて「心」の法則を自在に

教えたのが、この仏法ですと!

読者の皆さまご自分の「心」を見られたことありますか!

「心」は、目に見えません。しかし、「心は」必ず目に見える

「姿」となって現れます。 それが人生です。

▼ ある学校の同窓会・・三十年ぶりの再会であった。

会が終わり、帰り道で、ある女性が友人に語った。

「若いころ、とても綺麗だった人よりも、あまり目立たなかった

人のほうが、今日はずっと綺麗にみえたのよ。どうしてかしら」

その女性が言いたかったのは、おそらく、こうゆうことだったの

ではないだろうか。「若いころから美人と呼ばれる人は、特に

努力しなくても、楽に生きていける面がある。しかし、それは

若いうちだけで、やがて「心ばえ」の違いや、歩んできた

人生が、年とともに顔に表れてしまう」と 確かに、そういう

側面があるかもしれない。

▼ 日本の代表的芸能に「能」がある。「能」の真髄を書いたと

されるのが世阿弥の「花伝書」という本である。そこでは、

「自分の花」(若さゆえの美しさ。時とともに散る)「まことの花」

(鍛え抜いた修行による美しさ。時とともに輝く)の違いを説いて

いる。自分をたゆまず磨いた人だけが、年をとっても変わらない

「まことの花」と咲くことができる。

☆ 「心」が変われば「一切」が変わる

心理学のウイリアム・ジェムスは「人間は心のもち方を変える

ことによって、その人生を変えることができる」

ガンジー「人間は自分が考えた通りの人間になる」

自分の「心」「一念」が自分の「未来」の「人生」

そのものとなる。

イギリスの随筆家ハズリット人間心理の鋭い観察家であり

こう明言した。「勝てると思えば勝てるのだ。自信こそ勝利の

要件である」「絶対に勝つ」という信念が、自分の全能力を

引き出し、ふだんは眠っている力まで起こして、実際に「勝つ」

ように働かせていくのである。人間の「脳」は「小宇宙」と

呼ばれる一説では、数百億の神経細胞が「脳」にはある

その「組み合わせ」となると、文字通り「天文的数字」となる。

「脳」の可能性は、まだまだ未知の分野である。どれほどの

力が秘められているか、わからない。ただ、確かなことが

ひとつある。それは「自分が信じ、考えた通りの方向に

現実も動いていく」という「信念の力」である。「本当にできる

と思えば、必ずできる」という事実である。「勝利の結果」を

ありありと心に描き、イメージし、確信することによって、「脳」

が全力を挙げて、その描いた像を現実にしようと働き始める。

そして努力また努力が「勝利」という結果をもたらす。

池田大作著 創価のルネサンス 引用

☆ 珍念 偉大な方たちの格言に、いっも 感動してその中の

一っでも実行したいと思っていますが いっも「心が」 変なほうに

傾いています ん・・妻に結婚のプロポーズした時のように

勇気を出せば、良いのかなぁ !(^^)!

昨日の「なぞなぞの答えです」

「いくら、ふりまいても、なくならないものは、 なんだ?」

「笑顔です」・・笑いはタダ です (●^o^●)

「人にあげればあげるほど、増えるものは、 なんだ?」

「幸福です」

あ・・また 減らず口を是にて珍念の二枚舌を閉じます!

前向きの「心」 (^^♪

 一歩前へでよう! ( ^ω^)おっおっおっ

人が集まる場所で、前に来るか、後ろにいるか。その位置に。その時の心の(向き)が、微妙に表れる

 ある会社では、ブロジェクトチームを発足させるのにまず、候補者を選ぴ、一室に集める。そこへ社長がやって来て、前の方に座っている人を必要数だけ残し「あとの人はご苦労さま」 その社長は、前に座る人の目に、やる気を感じるという

 こんな話もある。ある学校で、体育の時間に面白い発見をした。クラス全員を自由に二列横隊に並ばせ、前列と後列で団体競技をさせると、ほとんど前列が勝ったという。 人間、意欲、勢いのある時は無意識のうちに一歩前へ出るということだろうか。

 確かに、心の姿勢が行動に反映されることを

思えば、前に出ることが、心の「前向き」を示すと言っても過言ではないだろう。「微妙な心の持ち方、一念の方向性によって、幸・不幸は大きく左右されてしまう」・・ 「池田名誉会長」 心が前を向いてこそ、やる気も顔を出す

 さあ!寒い冬も明るく前向きに・・・ちょつと心を前向きにしただけで、、聞こえてくる一言・ 一言が生命に響き、見える景色まで変わってくるから不思議である。 (名字の言)  

   ◆ 読者の皆さまは、どのように心が・・作用しますかぁ。あのぅ・・読者の皆さまに 「なぞなぞ」をお出しします。

「いくら、ふりまいても、なくならないものは、 なんだ?」「人にあげればあげるほど、増えるものは、 なんだ?」答えは何か。皆さん おわかりになるでしょうか?

正解は 次回のお楽しみです  (@_@;)

何を信じて生きるのか? (@_@;)

☆  A11_3 珍念のひとりごと です。

 読者の皆さま何を信じて生きていられますかぁ!

友人宅を訪問しました、夫婦で初詣のようすをテレビで見ていられるようでした。 5年ぶりの再会に話が弾みました。 珍念 冒頭の言葉を質問しましたが・・謙譲の美徳の夫婦・・でした 。(^^♪

 珍念の独断と偏見の愚考です日本のお札1枚の製造費は16円。ではなぜ1万円札に1万円分の価値があるかといえば、皆がそう「信じている」からである。貨幣であれ債券であれ証券であれ、原理は同じ。資本主義経済を回転させ発展させる根幹には「信用」がある。現在の金融危機が百年に一度と形容されるのは、この資本主義の基盤そのものが揺らいでいるからだ、しかも 「ドバイショック」も暗い影を落としています。

 哲学者オルテガは(信念は、われわれの生の基盤を作り上げている)といった。考えてみれば、経済に限らず、「信ずる」ことなしに、私たちの生活は全く成り立たない。池田名誉会長はかって、このオルテガの言を紹介しつつ、(「何を信じ、何を信ずべきでないか」を体系化したのが宗教であり、その意味で宗教は万人の人生・日常と不可欠に関わっている)

 「百年に一度」の危機というなら、国民の一人一人に必要なのは、限りあるこの一生を「何を信じて生きるのか」いう。腰を据えた思索では、ないか。(名字の言)

その答えを・・珍念・・・おぼろげながら持っていますが 下手な考えですから誤解を与えかねません・・次回に ?ず・・と先かなぁ!読者の皆さんは・・・如何でしょうかぁ。

人生に一番大切なものとは何でしょう・・?

毎日が「元旦」(●^o^●)

☆   A11_4 珍念のひとりごと です。

 「一年の計は元旦にあり」との諺があります。珍念・・昼過ぎ、親類宅に挨拶にいきました。その時話題になったのは、目標は決めるけど、毎回すぐに挫折する何か「アドバイス」を と 請われました。

う・・ぅう 珍念 無い智慧を絞り・あれや・これや思索し・次のようなお話をしました。

 読者の皆さま面白くも・何とも・無いかもしれません (-_-;)

☆ ちょうど お節料理の中に好物の「海老」が目にとまり・・・なぜ日本では「エビ」はおめでたい席、お節料理・とくに結婚式などに多く用いられるのか。それは、たいていの生物は秋になると枯れたり、衰えていきます。木の葉など秋になると紅葉して枯れてしまう。ところが、エビという動物は、そのようにたいていの生物が衰弱していく秋になって殻をぬぐというのです。殻をぬいでいちだん大きく成長していく。この殻をぬがなければ死んでしまいます。

 だから、婚礼のときにエビを使うのは、エビのように夫婦はいつも新鮮であってほしいという願いが込められているのです。ともすれば、私たちは惰性に流されやすく、成長への脱皮をはかることは難しいものです。エビで祝って、結婚しても、新婚早々のころは生き生きと、これ以上の幸せはないといった毎日です。 が、いっしか喧嘩が始まって「出ていけ」(出ていく)というように成りかねません。

 ゆえに・・家庭にあっても、職場においても、日々の活動にあってもエビのようにたえず自己の殻を打ち破っていく努力を怠っては成らないと・・珍念思います。

 知り合いの A 婦人は学生時代・ ピアノを教えていたそうです。ピアノのレッスンで思い起こされた言葉があります。 それは「一日弾かなければ自分が分かる。二日弾かなければ家族にわかる。三日弾かなければ周囲もわかる」という恩師の叱咤です。技術の面だけみても、一日レッスンを怠れば、その落ち込みが自分でわかる。三日も弾かなければ他人にも{アラ、少し落ちたわね。」とわかってしまういう厳しい教訓なのです。どんなにベテランで名人だといわれる人でも例外はないのがこの教訓なのです。

 珍念 何回も挫折しました・・でも心が萎えていませんです 毎日毎日が元旦の決意で頑張っています・・お迎えがくるまで・・いやきても・・また追い返します・・自分の使命を果してから ん・・(^^♪  ありり・・またまた 蛇足 でした。。 もう退散します!

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