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2009年12月

言葉の勘違い (^^♪

note  緊急事態 

勤務する病院で、高齢の患者さんに、思い詰めた表情で

「ご不浄に行かせて下さい」と訴えられました。初めて聞く「ご不浄」

という言葉を「極楽浄土」の類と思いこみ「何言ってるんですか、

まだまだ大丈夫ですょ。一緒に頑張りましよう」と思いきり励ましてしまった。

トイレののことだったのね。・・・看護師Kさん

○ 「ご不浄」を「極楽浄土」のたぐいと思い込んだとは凄い! 患者さんも

思い詰めた表情で訴えられたということは、相当せっぱ詰まった時点だった

のでしょう。 それなのに「まだまだ大丈夫ですよ」おまけに「一緒に頑張り

ましょう」 とは! お互い真剣な表情で見つめ会った瞬間を想像すると、

おかしすぎて苦しい。  ( ^ω^ )

これはお二人にとって思い出すたび一生笑えるネタですね。

ところで、目的地へは無事に行かれたんでしょうか・・? そのとき

しみじみ「なるほど、ご不浄は極楽」と思われたことでしょうね。

note 国語のテストで「厳か」の読み方が出題された。クラスの半分以上

の人が「きびしか」と書き、先生が一言。「テストに方言はだしません」

おごそかに受け止めた生徒・・・? 声を出して、笑わせて戴きました。

ここで私も、中学の家庭科のテストの暗い過去を告白しようと思います

問題は「プリスケについて説明せよ」。時間ぎりぎりまで思案した私

苦し紛れに「ブリのスケ焼き」(一体どんな料理なの!)と書き・・・?

答案を返されたときに珍答の一例として先生に読み上げられ、クラス中

に笑われました。 とても恥ずかしかった。でもおかげで「プリスケとは

牛肉の胸の部分」とはっきり覚えることが出来ました。

でも、その後、プリスケという知識はいっこうに役にたっていません。

もっと役立つ知識で間違いたかったです。

珍念・・も・・数え切れないほど体験しています でも・・・余りにも

幼稚すぎて お話するのに 躊躇 しています。 

あ・・話はムダを省き、短くまとめたい。長い退屈な話は”口害”とも

いわれる。 ゲーテも 「美しき虹も、15分も 消えずにいれば

もうだれも見向きもしない」と手厳しい。 !(^^)!

珍念・・今宵は是にて失礼します!

レオナルドの視点 !(^^)!

読者の皆さま 今日は珍念の溜息です!

「努力即天才」の人レオナルド・ダ・ヴィンチのお話です。

 ちなみに、珍念・怠け者です・無学・無教養です (;一_一)レオナルドは、芸術家としても、超一流・科学者としても超一流。また建築家や哲学者としても、超一流。なんでもできる。「万能の天才」であった。

「天才とは努力の異名」である。発明王、エジソンも努力また努力の人であった。(エジソンの言葉に「天才とは1%のひらめきインスピーレーシヨン」と99%の発汗(バースピレイシヨンである)と、天才といっても、すべて努力の結晶の結果である。

レオナルドが残した童話の中に「火打ち石」の話がある。「火打ち石」とは、他の石などと打ち合わせて、火をおこす石の事である。ある時、ある石が、火打ち石から、「カチッ」つと叩かれた。石はびっくりして、とても怒った。「何するんだよ」ところが火打ち石は、こう答えた。「我慢・我慢・我慢すれば君の中から、素晴らしいものが生まれてくるんだよ」とこう言われて、石は気を取り直して、じっと我慢してみた。

「カチッ」「カチッ」すると、やがて自分の中から、素晴らしい火が「バッ」と生まれた。そして、その火は、見事な力を発揮して、世の中の役に立っていった・・・と

 レオナルドはこの譬えを通して、何を言いたかったのか。始めたばかりの勉強が難しくても、慌てる必要はない。自分に負けてはならない。あきらめず、たゆみなく、学び続けていけば、必ず、素晴らしい結果を出していくことができる。読書も勉強も、その難しさは「石」のようかもしれない。お父さも 石頭 !(^^)! 珍念も 石頭です・・・ぅ (@_@;)

 学校の先生も「石」頭と思うときがあるかもしれない。そういう「石」・・・つまり、自分を鍛えてくれるものを避けずにぶっかっていってこそ、成長の「火」は湧きいで、創造の「火」が打ち出される。

  あ・・うぅ (;一_一) 珍念 何か都合が悪いのは人のせいにたびたび ん・・ いっも 
  です 恥じています なんで 我慢が
出来ないのかなぁ ? たいした智慧もないのに
  あれやこれやと
方法ばかりに「火打ち石」に恥ずかしいです 頭だけ固いんです

  反省 反省で・・・今年も暮れそうです この儘では きっと あの世で閻魔さまから・・厳
  しく断罪され兼ねません・・・です
ん・・ きょうも あれや これや 愚か者の珍念 悩ん
  でいます
・・・髪の毛が・・・残り少ない 髪が・・・抜ける・・ぅう (●^o^●)

   下手な考え休みに似たり・・もう口を閉じます!

 

子どもの名前は「未来」 ( ..)φメモメモ

光陰矢のごとし・・もうすぐ新年を迎えますが!

 珍念・書棚を整理してたら、古ぼけた読書ノートが目に付きました。 読者の皆さまちょいと覘いて戴ければ幸いです。

☆ フランスのパリ郊外の美しいピエーブルの森に「ヴィトル・ユゴー文学記念館」があります。文豪ユゴーゆかりの「ロシュの館」が1991年に開設されました。記念館にはユゴーの直筆で丹念に直しが入れられた。「レ・ミゼラブル」の校成刷り「8巻セット」も展示されています。世界の宝ともいうべき、大変に貴重なものです。

☆ この不朽の名作をユゴーが執筆したのは、ナポレオン3世の独裁と対決して、ガーンジー島で亡命闘争を繰り広げている最中でありました。その島での拠点であった「オートヴィル・ハウス」にユゴーは毎年暮れになると、恵まれない子供たちを招待していました。今から140年前1869年にも、40人の子どもたちを招いて、ともに 楽しい思い出を作っています。

☆ そのとき、ユゴーは同席の大人たちに向かって次のようにスピーチしました。子どもの本当の名前は何か・・?皆さんは御存じだろうか・!それは「未来」である、子どもは未来の収穫の畑である。その子どもの心に、種を蒔こう。正義を与え、歓喜を与えてあげよう。子どもを育てながら、我々は「未来」を育てているのである。「育てる」という言葉は、何と深い意味を持っていることだろうか。

 我々の目の前にいる子どもたちを、教育しよう。そうすれば新しき世紀は赫と光り輝くだろう。子どもの中に燃える炎こそ、未来の太陽なのである。「子育て」といい「教育」といい、未来からの使者である子どもとかかわっていくことは、なんと壮大なロマンでありましょうか。滋味なよぅであっ、てこれほど創造性に満ち、永遠性と連なりゆく、尊い聖業は、無いと思います。

     ☆ ところで「スポック博士の育児書」で有名なアメリカの方ですが、1946年の発
     刊以来、博士の本は、世界で5000万部発行されました。現代小児科学の父とし
     て名高い博士は、5年前に「現代社会における 子どもの教育」についての講演で
     「現実の子育てより、育児書の執筆のほうが簡単だ」と認めておられたそうです。
     {池田大作氏のスピーチ} より 

     育ては 難しいそうですね。ちなみに「珍念」 愛犬には ムチと飴の塩梅で
     育てています そうそう 妻には・・う・・・ぅう 反対に飼いならされています。

     珍念、自分自身も儘なりませんです・・・難しいです今日も 反省しています 反省
     反省で今年も過ぎていくようです。

     とても じゃないですが・・今のままでは、閻魔さんから 2枚舌 いや3枚・・? 5枚
     舌を抜かれて牛タンのように 塩焼きにされ兼ねません今宵も 一段と 精進しま
     
す。  (*^^)v

心ってなぁに ?  (@_@;)

 「気持ちがのってなくては、いくら話し上手でも何にもならんさ。心がこもっていなくちゃね、胸にグッとくるものがなくてはだめだ」(池内紀訳)ゲーテが戯曲「フアウスト」第1部を発刊して、ちょうど200年になる。

☆ 一人の人間の心を動かすものは、上っ面だけの褒め言葉でも、薄っぺらな同情でも、弁舌でもない。太鼓をつまようじで叩くよりもバチで叩いたほうが大きな音がでる。同じように人の心を打つのは、方法ではなく、相手を思う大誠実の心だ。

☆ では、その大誠実を伝えるには・・・日蓮大聖人は病に伏していた門下にに「書では言葉を書き尽くすことはできない。言葉では心を尽くす事が出来ない。さまざまな事柄については、お会いした時を期して話ししましょう」と 激励だけではない。悪僧の邪義を正すにも、大聖人は「直接会って語る」ことを大切にされた。

☆ 戦いとは「人と会う」ことである。「人と語る」ことであると池田名誉会長。心に描いたことは、自身の言動を通してしか伝わらない

☆ 語った分だけ、仏縁を結ぶ事が出来る。仏縁を広げれば自身の境涯も広がる。「あの人に会えるのは今しかない」と心に決め今日も友情を広げたい。 「名字の言」 

    ▼ 心に描いたことは、自身の言動を通してしか伝わらないう~うぅ。 珍念その心
    が千差万別に揺れています特に美人とお金は・・心にいっも描いていますが! 

    そうそう アメリカの思想家エマソンは言った。

     「その人が一日中考えていることが、その人である」 なるほどその通りと思いま
     す。珍念の立場から「その人が、心の奥底でいっも祈っていること。それが、その
     人である」
言えますが!深い祈り、真剣な一念。決して抽象的な祈りであっては
     ならない。

     珍念・・今日も儘ならぬ・・心と綱引きしています・・そんなに頑張らなくても・・自分
    
 一人ぐらい・・・と いっか暇なときに と。いや・・今しかない この瞬間に行動する
     のだ・・と
今も・・激しい戦いが心の中で競り合っています。

      読者の皆さまは・・如何でしょうかぁ!

感動は心の扉を開く

( ^ω^)おっおっおっ「感動は心の中に起きる地震ですよ。

心の底からぐーっとひっくり返していく」 (童話作家の椋鳩十)

☆ 仕事もそう。感動がなくなると、惰性が始まり、マンネリ化する。 コーヒー会社を興し、現在、名誉会長の鳥羽博通氏「一杯のコーヒーを通じて、安らぎ活力を提供」が信念。当然、商売は弱肉強食の世界だ。商品、店舗、人の魅力を高め、刻々と変化する現状を打破しなければならない。

☆ そうした努力の上で「うまさとは人の感動を呼び起こすものでなければならない」と同氏飽くなき味への探求である。 「お客さまに喜んでもらいたい」という商売の原点がある。 自分が感動していなければ、人を感動させることはできない。仕事に感動があるからこそ顧客の心をつかんでいくのだろう。(名字の言)

☆ 法華経は「五十展転の法理を述べている。 法華経を聞いて随喜し、その感動を人に伝えて、50人目に伝え聞いた人の功徳でさえ絶大である、と

      ☆ 日蓮大聖人のお手紙に「随喜する声を聞いて随喜し」とある。自分が随喜し
      ているからこそ、人も随喜する。
う~ん 珍念 この頃 感動することが無いよう
      です。
小学3年生の時 教室でウオルト・デズニーの「砂漠は生きているの映
      画を見たときは 感動が湧き出ていました。
ぼくも 大きくなったら・・映画を作ろ
     
 うと決意していましたが! 恥ずかしいので話題を変えます。

     ☆ 牛飼いの少女に教えられた知識人「エマソン」の(エピソード)です。

     「智慧と」 「知識」・・・?

      アメリカの賢者エマソンはある時、息子とともに、仔牛を納屋に入れようとして
      た。 息子が牛の耳をひっぱり、エマソンが牛の尻を押した。しかし牛は動かな
      い。二人は顔を真っ赤にして、汗を流したが、だめだった。

      そこえ、家で働いている少女がやってきた。 少女は、二人を見て笑い自分の指
      を仔牛になめさせながら、簡単に納屋に入れてしまった。

       「万巻の書」を読んだエマソンも、牛を動かすについては、体験に基づ少女の
       「智慧」にはかなわなかった。「力づく」では牛は動かなかった。「自己流」では
       牛は動かなかった。 いわんや、牛を動かす以上に、人生の重い現実を動か
       し、真の幸福者となることは難しい。

       深い「智慧」が求められますが! また自分自身の「智慧」を開くカギは何処
       に・・不肖 珍念ちょいとばかり・・知っていますが!誤解を被るやも・・しれませ
       んです。 あ・・また 珍念の独断と偏見がすぎました・・消えます 
!(^^)!

「心の羅針盤」

 珍念・・・ある友人から旦那さまの七回忌法要の導師を頼まれ少々風邪気味でしたが 喜んで執り行いました。筆者も、友人も。そろそろ・・お迎えが・・来るような年齢に成りました。 色々な話に花が咲きましたが。 いかんせん人間は永遠に生きられません 必ずいっか 死にますが!

 人間死んだらどうなるかぁ? う~ん  !(^^)!それは 死んだら 分るかなぁ? この場の皆さんの中で死んで生き返った人は誰も・・いないと思いますが!珍念 交通事故と病気の時 ちょいと 摩訶不思議な出来事に遭遇しました。 どちらも 奇跡が起きましたいわゆる脳死状態のようすでした、五感の内、耳だけ最後まで聞き取れました。

 日蓮大聖人のお手紙に臨終の様子がるるのべてあると文証を示して誤解のないように説明しました。またゲーテの「フアウスト」に展開される地獄の様子をるる調子にのって 述べました。。あ・・っと つい・・(-_-;)

☆ そうそう・・子供の事でアドバイスを請われ弱りました。「やる気」が起きない、と言う人が増えている現代。では「やる気」をだす方法はあるのか?

☆ 今、話題の脳科学者・茂木健一郎氏が、ある番組でその秘訣を語っていた。

☆ 各界で成功を収めている達人、プロたちの言葉や振る舞いを通して思うことは、まず、はっきりとした「目標」を持つことだという。しかも逆境の中でやる気を保ち栄冠を勝ち取っていくには、心に「師匠」がいることが重要である、と

☆ 脳科学的には、目標となる師匠の良き振る舞いを見ていると、脳内の「ミラーニューロン」という神経細胞が反応し、弟子の自分も同じように振る舞うようになるという。 それが知らず知らずのうちに、能力アップ(成長)にもつながると考えられている。

☆ 師弟の関係は、師匠が「針」であり、弟子は「糸」だと言われる。だから戸田先生は牧口先生の、そして池田先生は戸田先生の広布のすべての構想を実現するために、命を懸けてきたのである。 「名字の言」

      師匠を持つことが、いかに大切で幸福であることか。師匠とは「闇の中の(とも
      しび)のような、船が難破しないための「錨」のような存在」 (ガンジー研究の大
      家、ラダクリジュナン博士)

      珍念の愚考です・・

      故に、日々、心で・師匠と語らい進む人生に生き詰まりはない。

      読者の皆さま 「大海原に挑む大航海に確かな人生の羅針盤」

      が・ 有るや 否や (●^o^●)

「目覚めた人」

プツダとは「目覚めた人」を意味する

 (ちなみに「珍念」「寝ぼけています」) (゚m゚*)もともと釈尊一人を指す言葉ではなかった。「心理を悟った人」を広くそう呼んだそうです。

■ ゴータマ・プッタは、何を悟ったのか。欲望に振り回される人生に、安らぎはない。カネは必ずしも幸せを約束しない。それに気付いたのだ。当たり前のことだろう。 しかし頭で分かっていても、命の底で分かっているとは限らない。仏法は、それを「無明」(迷い)と呼ぶ。

■ 100年に一度の金融危機に世界が揺れている。市民の暮らしも破局にさらされている欲しいものはクレジットカードで気軽に手に入れるというアメリカ式の生活様式は、今や破綻に瀕したと言っていい一転して人々は、堅実な暮らしに目覚め初めているという

■ モう一つ、仏陀が目覚め、発見したこと、それは「他者)の存在である。友のために尽くす。一人を徹して大切にする。そこに人生最高の幸福境涯があるとの悟りである。 「慈悲」とはすなわち、同苦の思いに裏打ちされた。力強い「友情の絆」にほかならない。

 目覚めることーそれは人間にとって永遠の課題である。日蓮大聖人は開目抄に「人々の尊厳に目を開け」「自身の無限の可能性に目を開け!」と叫ばれた・・・(名字の言)

珍念「力あれば一問一句たりとも・語らせ給え」の叫びに応えたいと思います・・またまた。。。心のなかで・・惰弱な心と 強い正義の心が綱引きしています・・今この瞬間でも・・熾烈な己心の魔との鬩ぎ合いをしています・・珍念まだまだ・・心が定まっていませんです。今日も・・一段と精進したいと決意しました

対話の進め! (^-^)

聖徳太子は、十人の人の話を同時に聞き分ける

 超人的な才能の方ですが、珍念一人の話でも、その日の気分で、話が進まない事が、良くあります。いっも・・悩んでいます。聖徳太子の爪の垢でも煎じて飲みたいです。

■ 話があまり上手でない人は、「聞き上手」を目指せばよいとあるアナウンサーは言う。聴く姿勢を持てば、話の中身が豊かになり、相手は自然と引き込まれていくというのだ。

■ 具体的なアドバイスが三つある。  相づちに一言添える。「なるほど」と言った後に、「そうだったんだ」「面白いね」などを加えてみる ☆ 相手の気持ちを確認する。例えば「人生の転換点でした」という相手に、「人生の、ですか?」と確認する

 せっかちにならず、五秒我慢する。相手が「話の腰を折られた」と思ったら、そこで会話は終わってしまうという。 (NHKアナウンサーの はなす きく よむ) 

■ 「話し下手だから」と臆する必要はないと思う。 謙虚に話を聞こう学びとろう、という気持ちがあれば自ずと対話は弾みますが!  不肖 珍念・・・「おしゃべり」は大好きですが、いっも一言多いんです・・何気ない言葉で相手の人に不快な思いを抱かせ・・・いっも・・反省しています (-_-;)

「九思一言」という (孔子の格言)を思いだしました。九回考えて一言発言する。 ・・う・・ぅうう 恥ずかしいので・・是にて終わります。

「行列のできる医者」 ( ..)φメモメモ

今日は 珍念の無駄口です  (●^o^●)

 おいしい料理を食べるためなら何十分でも待つという客が、

ずらりと行列をつくる。そんな店が時々、テレビで紹介されている。

話は違うが、眼の手術で生まれて初めての入院生活を体験し、

「行列のできる医者」を知った。

☆ 診察までの待ち時間が長いのはどこの病院でも同じだろう。

ところがこの病院の内科のO医師はそれが普通ではない。

とても長いのだ。それでも患者は喜んで自分の順番を待っている。

☆ 待ち時間が長い理由はすぐに分かった。どの患者に対しても、

じっくり時間をかけて診察するからだ。病状や治療方法について、

患者が理解するまで、優しく、丁寧に説明している。

☆ ある時、病状の重い入院患者に話しかけている姿を見た。

「私も一生懸命に治療します。あなたも負けないで」

なんとしても病気を治してやりたいという思いが滲み出ている。

患者も思わず目に涙を浮かべ「頑張ります」と

☆ 隣のベットの男性が「この病院にくる患者の3分の1は

O先生が目当て」と語っていた。少し大袈裟だと思うが、患者を

党勢拡大の対象にしか考えない政治色の強い病院もある中で、

こんな医師に出会うと、ほっとさせられる。

 公明新聞の「北斗七星」(和)のコラムより・・

そうそう 珍念 この前 妻と涙を流して黒澤明監督の名作(赤ひげ)を

見ました。

黒澤明のヒューマニズムの集大成がこの「赤ひげ」です
黒澤は、映画産業の斜陽化の中にあって、「映画とは、“生きる力”
を与えてくれるものでなければいけない、観客が映画館から出てきた時
力がみなぎっているようなものでなければいけない」と考え、
クランク・インの時、スタッフ全員の頭上からベートーベンの『第九』
を大音響で何度も聞かせたそうです。そして、
「このような感じにこの作品が出来上がったら大成功なんだよ
よろしく!」と言ったそうです。
まさに「赤ひげ」は、人間の歓喜を謳い上げた、
魂を揺さぶる名作となったのです

O医師の姿が(赤ひげ)のように 現代に蘇ったようです

珍念・・余り自慢出来ませんが・・健康診断で再検査を度々うけますが

患者の顔も見ないで うんとも、すんとも 言わない、不機嫌に検査を

初め・・終わるとカルテを見て 「特に異常はないです」とボソボソと

患者の顔を見ることがなかったです。え・・何だかロボット?

見たいでした。  別の医院では、先生と看護師が優しくて嬉し

かったです・・良い

病院と良い医師に恵まれるように徳を積み

たいと 痛感しました。

ともあれ・・人間生まれてから殆どの方が病院に掛かられる

可能性がありますが、皆さまは如何ですかぁ!

珍念・・末期がんで、ある大学病院に入院しました。 医師と

看護師さんの激励と優しさで虎口を逃れました。・・もうすぐ

5年生存率を超え8年になります・・

医学の恩恵に感謝しています・・

あ・・また減らず口を・・・嫌われないように口を閉じます。

鏡・・に最敬礼 (●^o^●)

魔法の鏡 ( ^ω^)おっおっおっ

 珍念。幼少のころ白雪姫と7人の小人の映画を見ました。御存じの読者もいられますが、むかしむかし、とっても美しいけれど、心のみにくいおきさきがいました。おきさきは魔法のカガミを持っていて、いつも魔法のカガミにたずねます。

 「カガミよカガミよ、この世で一番美しいのはだれ?」おきさきは、カガミがいつものように、「あなたが一番美しいです」と、答えるのを待ちました。しかしカガミは、「あなたの娘、白雪姫(しらゆきひめ)です」と、答えたのです。白雪姫の美しさに嫉妬した継母の魔の手を逃れ、森に逃げ込んだ白雪姫は7人の宝石堀りの小人に助けられたが、老婆に化けた継母に毒リンゴを食べさせられてしまう物語。 ですが、もしお暇のときは読んでみてください。  今日は鏡に纏わるお話です

◆ 苦しい時も笑顔を忘れずに・・そんな思いを込め、結婚や新築のお祝いに鏡を贈らせてもらうことがありますが!

◆ 朝起きて最初に出会うのは、鏡の中の自分、という人もいよう。”今日もがんばろう!と、まず自分で自分を励まして、一日を出発するのは、いいことです。

◆ 「いい顔してるね」創価大学を訪れた米モアハウス大学・キング国際チャベルのカーター所長が青年に語った。心に残る励ましだったという。 池田名誉会長も、同じように声を掛ける。 もちろん(顔立ち)ではなく、内面から表れる(顔つき)の良さを言っているのだろう。日蓮大聖人の御遺文にも「人の身の五尺・六尺のたましいも一尺の面にあらわれ」と。

◆ 自分を見つめるということは、自分を磨くための第一歩、人間の特権とも言える。我々は、外面だけではなく内面をも見つめる作業を「御本尊」という心の鏡に相対して、日々繰り返している。

◆ 「心の鏡」は凡夫も仏も同じであるが、仏は鏡の面に向かい自身の仏性を見る。凡夫は鏡の裏側に向かうから、仏性が見えないとも・・御書には説かれている。

◆ 何事も正面から向き合うことが大事。後ろ向きでは何も見えない。「今日もいい顔して
   いるな」と・・自身に呼びかけて出発できる毎日を送ろう。   「名字の言」

   ▼ 珍念の妻は、それはそれは、朝起きてから、夜寝るまで特に外出するときは私 
   は綺麗になる・・美しくなる・・と 囁きながら
笑顔で化粧しています・・自分自身に暗
   示をかけて
化粧しなくても、笑顔の君が美しいと恥を忍んで あははは (●^o^●)

   そうそう 珍念 も 最初に鏡を見ます・・人懐こい童顔をしていますでも・・心は煩悩
   に覆われています・・四〇過ぎたら自分の顔に
責任を持ちなさいとの諺があります。

   まだまだ・・修行がたりません・・今のままでは・・あの世でも断罪されかねる・・・う  
   今夜も反省しています。
あ・・またまた。演壇で独演しているようです もう寝ます。

「埋もれ木」に思いを馳せる!

「ある贈り物」のエピソードです  ψ(`∇´)ψ

 1969年(昭和44年)11月、創価大学の設立審議会委員との懇談会で、創立者の池田会長(当時)は、参加者に{あるもの}を贈った。それは、大学の建設現場から出土した500万年前のものと推定される「埋もれ木」だった。

▼ 長い眠りから覚めた埋もれ木は、漆器などに生まれ変わる。職人の手で新たな命を吹き込まれ、再び深い気品を保ちながら趣のある輝きを放つ。

▼ 仙台市の埋もれ木細工職人と懇談したことがある。埋もれ木を使った作品は、刃物で削り、つや出しに漆を塗るが、その直前の「研ぎ」という磨き作業に作り手の腕が問われるらしい。人の目ならごまかせる程の磨き残しも、漆を塗れば、粗は歴然とわかってしまうという。

▼ 職人いわく、「手抜きを糊塗する技術を考慮した製造方法では、本物のもの作りの精神に磨きがかからない」。 本物を作るうえで、寸分でもごまかしがあれば、「時」に耐えることはできない。

▼ 教育とは、いかなる人生の艱難辛苦があろうと、それに耐え抜き勝ち抜く力を養うことであろう。そこに{手抜き}があれば、人材は育たない。一人として、不幸の闇に埋もれさせはしない。 そうした創価教育の理念は、今世界の多くの識者が期待を寄せる。コラム(名字の言}

珍念の独断と偏見の一考察です

 筆者は、子供の時も現在もですが、勉強嫌いの怠けものです・・・家が貧しくて心まで淀んでいました。師匠から大学に行くようにと言われましたが、行きませんでした。学歴は田舎の中卒です (●^o^●) でも・・校舎なき総合大学で学ばせて戴きました。

そうそう・・・時の総理大臣が母親から何億ものお金を戴いていたのに・・本人は?・・・あはは (@_@;) あきれて・・語るに・・値しません 政治資金規正法と贈与税申告反・・?の疑いが・・! 

不肖 珍念・・無名の一庶民ですが・・国法は順守しています。自分の言動や行動には責任をとっています。 ・・西夏の箴言にこうあります。「冨者は偉くない 智者こそが偉い」(お金のある人間は偉くない。智慧のある人間が偉い。蓄えのない人間は賤しくない。働かない人間が賤しい)と。珍念 師匠の真心の万分の一でも実行したいと決意しています。  え・・「妻いわく・・・いっも いっも・・うどん屋の窯です。影の声・・・湯だけです・・・言うだけ  恥ずかしいので・・消えます・・

蒔かぬ種は開かず(●^o^●)

☆  一人を大切にする心

 農村の友と懇談の時、彼の持論を興味深く聞いた。直販ルートの開拓で購買者を増やした秘訣は、「縁した一人の顧客を満足させること」と。 評判のサクランポ栽培で心がけていることを尋ねると、「基本品種の佐藤錦を完壁に育てること」と話してくれた。

▼ 「一は万が母」の御聖訓の通り、どんな拡大も(一人)から始まる。 基本や原点をおろそかにすれば、すべては砂上の楼閣に帰すことだろう。

▼ 話が師との出会いに及んだ。かって池田名誉会長は激励のため、彼の果樹園を訪れた。「君の家族にも会おう」と自宅まで足を延ばした。玄関先に持つ彼の祖母と握手をし、渾身の励ましを。祖母は、家族が存分に学会活動できるよう、わが家を守るのが使命だと語った。

▼ 後年、彼が青年部の交流団で中国を訪れた際、名誉会長の写真展を鑑賞したことがある。その会場で、ある写真を目にした。師と祖母が握手を交わした、あの瞬間を収めた一枚だった。「ああ、ばあちゃんが先生と世界を回っている」涙が流れた。

▼ 今や、世界に開かれた生命哲学も、原点は、目の前の一人を励まし、善のスクラムを拡大し続けた名誉会長の信念の行動にある。 一枚の写真から見える「一人を大切にする心」をわが地域で広げたい。 「名字の言」(城)より 引用

★ 筆者は、46年前 21歳のとき、池田先生に奇跡的にお会いし大激励を受けお土産を戴きました。また記念撮影の時 ・・失業していました、書籍を戴き激励を受けました。大病を患いあわや・・と思った時も激励を受け奇跡的に乗り越えました・・・5年生存率を超え間もなく8年になります・・珍念、愚か者です・・恥ずかしいです。

心配ばかりかける不肖の弟子です・・なんで毎回 毎回決意はするんですけど、挫折するんです・・ まず・・日々思いついた事をブログに述べたいと思います。

珍念の独断と偏見ですので・・宜しくお願いします。師匠の偉大さを叫びたいと決意しています。そうそう 46年前戴いたお土産は大事に保存しています

あ・・ なんだか演壇で講義しているようです。下手な考え休みにしかず! 口をチャックします(●^o^●)

言葉は心の鏡

 (・∀・)イイ! 大誠実の心で臨む

 今年も、あとわずか。師走のおり、気ぜわしく慌ただしいなかでつい電話の応対や接客が、おろそかになりがちな時節。一人の心ない言葉遣いや態度で、企業・団体の信頼が失墜することもある。

▼ 経済発展が著しい中国。最大手企業「レノボ」では、クレームの電話を受けた社員は、解決まで進行を見守る義務がある。中国で「首間制」と呼ばれている。客から最初に苦情を受けた社員は、担当部署に回すのではなく、自分で事実確認や問題解決に当たる。たらい回しのような横柄な応対には厳しい罰則がある。莫邦富著(中国を読む新語)より

▼ 日蓮大聖人はお手紙に「友だちが一日に10回、20回と訪ねてきても、千里、二千里と離れた遠くから訪ねてきた人のように思って丁重に、少しも礼儀を欠くことがあってはならない」と。たとえ親しい友人であろうと、いかなる時も誠実に謙虚な態度で接していくよう、弟子に教えられている。

▼ 心を亡くすと書いて漢字の「忙」に。どんなに忙しいくても相手に対して誠実に心を込めて応対していく。 そこに確かな信頼が生まれる。

☆ 珍念・・天邪鬼ですから中々旨くいきません 今夜も 反省しています。反省 反省で・・今年も暮れそうです。仏道修行に精進中の筆者もかくありたい行動は迅速に、語らいは大誠実の心で・・(-_-;)

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