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2008年10月

ニュースの眼  乳がん "^_^"

経験者の声 撲滅の力に

読者の皆さま・・特に熟女の皆さまに読んで戴ければ幸いです

「乳がん月間」の今月、乳がんの正しい知識や早期発見の

重要性を訴える啓発運動が各地で行われた。 東京都は1日、

「ピンクリボンin東京2008」と題してトークショーなどを開催。

1年前に乳がんの手術をした歌手のアグネス・チャンさんは

「偶然、早期に発見でき、手術も治療も軽くすみました。

特に日本の女性は家族のために自分の事を後回しにしがち

ですが、健康に関しては自分を最優先して検診を受けてほしい」と

検診の大切さを強調した。

女優の宮崎ますみさんら、トークに参加した4人の乳がん経験者は、

いずれも自分でしこりを発見したという。 歌手の川村カオリさんは

「入浴時に、タオルなどを使わずに手で体を洗う日を一日つくると

変化に気付きやすい」と提案。 早期発見に有効とされる{マンモ

グラフィ}(乳房X線撮影)についても、タレントの山田邦子さんは

「思ったより簡単だった」と語り、積極的な受診を呼びかけた。

乳がんは日本人女性のおよそ20人に1人がかかると言われ、特に

40~50歳代に多く見られる。 公明党などの尽力により、今では

ほとんどの自治体検診にマンモグラフィが導入され、対象年齢も

50歳から40歳に引き下げられた。設備の拡充も急ピッチで進め

られているが、残念ながら受診率は1割程度にとどまっている。

日本対がん協会の初代「ほほえみ大使」に就任したアグネスさんは

「たくさんの人が簡単に検診を受けられるよう、費用軽減などの受け

皿も、もっと整備していきたい」と力を込めた。

川村さんは、この日、リンパ節や骨、肺への再発転移を自分の

ブログで告白していた。「私のような思いをする人を少しでも

減らしたい」。

トークショーでの彼女の言葉を、もう一度、かみ締めた。

”私たちの話を聞いて「検診に行こう」という人が増えてほしい”

☆がんで苦しむ人、命を失う人が1人でも減ってほしい

そんな想いにあふれた経験者のメッセージを、多くの人に伝えたい

その声は、やがて癌撲滅への大きな力になるに違いない。

(落合克志記者)より 引用

ちんねん 9年前検診で 悪性リンパ腫が見つかり即入院

治療を受けましたが、進行がんで 手の施しようがなく

毎日 生と死の鬩ぎ合いをしていましたが、奇跡的に

治り 今年の1月で「5年生存率」の6年9ヶ月過ぎました

5年生存率(5年 せいぞんりつ)とは、ある疾患予後

を測るための医学的な指標である。

主としてについて用いられ、診断から5年経過後に生存

している患者の比率を示す。

多くの癌では、治療により癌が消失してから5年経過後までに

再発がない場合を「治癒」と見做す。

がんの怖さは自覚症状がなく 発見された時は進行がんが

多く、助かる方は・・「5年生存率」で二人に一人だそうです。

その中で  乳がん、子宮がん は 他の癌と比べて簡単に

発見できるそうです。

女性の方でしたら・・何方でも・・自覚症状が分かるそうです

ちんねん の 知り合いで今年も何人も乳がんで亡くなられて

いられます・・また 自覚症状があつても・・受診するのが

怖いとか・・そのほか安易に考えていられる方もおられます。

ちんねん・・・不幸にして 乳がんを煩われた方たちの

苦しみ悲しみに心が痛みます・・・

ん・・・またまた・・・髪の毛が・・・抜けるぅうう ^_^;

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「乗り越えられない壁はない」 

「義務」と思ぅか、「権利」と思ぅか挑む姿勢で、得られる

結果は、百八十度変わる。 (^^♪

豆腐は、かって米国で「家畜の餌」と呼ばれ、最も嫌いな食べ物

に挙げられていた。それが今、健康ブームも手伝って、全米の半数

のスーパーで販売されるまでになった。乳業企業の駐在員が豆腐を

米国に持ち込んだのは、20年前。彼は試行錯誤の末、米人向け

レシピ本を出版。「ミスター・トーフ」と名乗り、新聞の連載やラジオ番組

も手がけた。普及への突破口は、飲み物にしたシェークだった。

(売れない)と思ったら、勝負は始める前から負けている。骨を埋める

覚悟で打ち込めば、できないことはない・・仕事を成した彼の結論である。

{「豆腐バカ世界に挑む」 雲田康夫・・光文社}

同じ課題でも、”やらされている”と思えば重荷になる。が、覚悟を決め

その課題にやりがいを見いだせば、成長の手応えも、充実感も得られる。

「働くことが楽しみなら、暮らしはすばらしくなる!働くことが義務になったら

一生奴隷ぐらしだよ!」(野崎韶夫訳)とは、ロシアの文豪ゴーリキーの

劇「どん底」の言葉ですが! 「義務」と思ぅか、「権利」と思ぅか

挑む姿勢で、得られる結果は、百八十度変わる。

どんな壁でも超えてみせるとの覚悟があれば、知恵も喜びもわく

目指すべき壁は今目の前にある。 「名字の言」より 引用

ちんねん 穴があったら 入りたいです いっも いっも  何事を

やるにも・・途中で諦めて自己嫌悪に苛まされています・・ (^.^)

頭では理解できても・・・行動が伴わないんです・・自分の中に

「弱い心」と「強い心」。「悪い心」と「良い心」が いつも 熾烈な戦いを

しています・・ちょうど「郵政民営化の抵抗勢力と改革勢力」みたいに

綱引きをしています・・なんでこうも・・意思が弱いのか反省しています。

そうそう 世界文学の最高峰と評されるダンテの「神曲」の中に

ハットさせられる一節を思いだしました。

ダンテが師「ウエルギリウス」と地獄の門をくぐると、そこには嘆きの声

を上げる亡者の群れがいた。この人たちはだれか?・・・ダンテの問いに

師は答える。「これこそ、恥もなく、誉もなく、凡々と世に生きた者たちの

なさけない魂の惨めな姿」(寿岳文章訳)と

悪はないが、善もなさなかった傍観者をダンテは糾弾した。中途半端に

生きた人間は結局、中途半端にしか死ねない。同じ生きるなら、善をなせ

正義に生きよ! 不屈の詩人の叫びは 時代や宗教の違いを超えて

輝きを放つ。  ちんねん きっと 今のままでは あの世で ダンテと

閻魔さま、から厳しく断罪されかねませんです。。怖いのでまた 精進

します・・あ・・また減らず口を・・ (-_-)/~~~ピシー!ピシー!

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政界の「毀し屋」は誰だ・・!

昨夜 久しぶりに 「キングコング」 と 「ゴジラ」 の ビデオを

妻と鑑賞しました。 読者の皆さんもご覧になられた方も

いられると思います。 色々な建物を手当たり次第に毀すのに

のめり込んでいきました。 あそうそう 「毀し屋」で思い出しました。

「毀し屋」と呼ばれるビルや家屋の解体を生業とする

方々がいる。一昔前には鋼鉄の玉をクレーンで吊り

振り子の要領でコンクリートの壁をドシーンと力ずくで破壊

する光景が見られた。すごい迫力だった。

政界の「毀し屋」ナンバーワンといえば、民主党「小沢

一郎代表」をおいてほかにはいないだろう。1989年に

自民党幹事長に就任、91年の総裁選では3候補を呼びつけ

豪腕ぶりを見せた。93年に自民党離党、いらい新生党、新進党

自由党と歩き、どの党でも解党、分裂のつど、その中心にあった。

2000年自自公政権を離脱し、03年民主党へ、この間の動きは

「毀し屋」と呼ぶにふさわしい。昨年の参院選で民主党が第1党に

なっても「政局」を優先。国民生活を混乱させた。

代表3選後の記者会見。小沢代表は悲壮に政権交代を訴え

高速道路の無料化、子ども手当て、農家の所得保障などを

ぶちあげた。20兆円を超える財源については不機嫌に「予算の

優先順位を決めることで確保できる」と突っぱねた。

暗雲漂う世界と日本経済。劇作家の山崎正和氏は今の政治に

ついて「ともかくも、政治を党利党略でもてあそぶ愚をやめることだ」

9・25日「公明新聞」と喝破している。

「民主党に1回政権をやらせてみたら」は、危うい。

コラム 「北斗七星」より 引用 {志}

友人と対話していると、必ず耳にするのが「民主党に一度政権を

やらしてみたら」という声。私は同党の”財源置き去り”に加え「政策

を実現できる公明党。実現できない民主党」を語ることにしている。

例えば、最近の物価高。公明党は生活を守るために緊急経済対策

として、定額減税と物価上昇分の年金上乗せを新たに打ち出し、実現の

めどをつけた。ここ数ヶ月間に起きた緊急事態に対応する、現実を

見据えた政策だ。

民主党はどうか。 ガソリン暫定税率廃止などを掲げたが、何一つ

実現していない。昨年参院選の公約である最低保障年金、農家の

戸別所得保障、子ども手当てなど、どれも実現していない点では

公約違反だ。{ 民主党は野党だから}というのは逃げ口上に

すぎない。

公明党は野党時代でも義務教育教科書の無償配布や白内障手術

の保険適用など多くの政策を実現させた。 要は、政策実現の

意思を持った政党か否かの問題だ。

まして「二大政党」の時代。政権奪取だけが目的化した民主党に

どうして政権を任せられようか!{H} 氏  より 引用

ちんねん この前 他党の熱心な運動員に「君の政党の根本精神

はなんですか?・・」と 訪ねましたが、すると いつまでも考え込んで

一言も返事が返ってきませんでした。 う・・ぅ  (^_^;)

ちんねん 「政治家は民衆のために働け!」

大衆のために命をかけて戦い抜く これが永遠の党是であり

議員の使命だ! と言いました。

彼は怪訝な顔で黙って見ていました。。

そうそう 「選挙というのは、自分たちの最も信頼する人を、自分

たちの力で選出するのが本当である」 信頼できる政治家とは

連帯していく。信頼できない、悪い政治家は支持しない。

あくまでも「人物本位」です が!

あ・・・いけない 調子に乗って 演壇で講演している ようです

失言しない内に 退散します !(^^)!

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なぜ、若者がマナーを身につけていないのか!

「歩きながらの文化」の影響も・・ (^_^.)

最近、若者の電車内での飲食やアイスクリームを手に

食べ歩きなど、マナーの低下が問題になっています。

ところで、マナーとは何でしょうか。また、あなたはマナーに

ついて考えたことがありますか。 マナーには三つの鉄則が

あります。 

 1 相手に不快感を与えない

 2 相手に好印象を与える

 3 相手を敬う 

この三つの鉄則にもとづいてマナーを考えると、マナーが単なる

行儀作法でないことがわかります。

 そこには「思いやり」があります。

思いやりを形にしたものがマナーです。それでは、「なぜ、若者がマナー

を身につけていない」と言われるのでしょうか。その社会的・文化的背景

を考えてみましょう。「社会的背景」としては、大家族から核家族への

変化が考えられます。昔は家に祖父母がいて、箸の上げ下ろしから

挨拶の仕方まで一つ一つ教えていましたが、今では核家族化し、両親が

共働きをするようになり、親と子が一緒にいる時間が減少し、家でしっかり

とマナーを教えることができなくなりました。

また、学校における先生と生徒との距離の変化にも見られます。

現在では生徒にとって先生はお友達、先生も生徒たちの言葉遣いを注意

しなくなっています。さらに、最近の教育現場は個性を重視するあまり、

人との関わりの中で相手を思いやることや気遣うことを学ぶことが少なく

なったと言えます。 

人と関わる機会が少なくなると人に対する思いやりの心が持てなくなり

マナー不足になってしまいます。 次に、「文化的背景」としては異文化

の流入による意識変化が考えられます。 電車内での飲食や食べ歩き

は、アメリカなどからの「歩きながらの文化」の影響を垣間見ます。

例えば、ファストフードー店のハンバーガーやペットボトルなど。

この歩きながらの文化は、ウォークマンや携帯で音楽を聴きながらの

行動にも通じます。

伝統的な日本文化は、外と内とを「晴(はれ」と褒「け」でしっかりと

区別し、いったん外にでるとそこは公的な「晴」、外では、飲食はしない。

しかし現在では、外での移動中もプライベート空間、つまり外も内なる

私的な場「褒」となり、この意識の変化が電車内の飲食や食べ歩きに

繫がっていると思われます。

マナーは、「思いやり」を形にしたものです。ドイツの教育者O・F・ボルドー

は、・・「人はその人の話す言葉のような人になる」と言っています

人の言動はその人の品格を表します。人としての品格を保ち、より良い

マナーを身につけたいものです。

「筑紫女学園大学教授 中村萬里{なかむら まさと}」氏 より引用

愚か者の「ちんねん」「人はその人の話す言葉のような人になる」

身にしみています・・不用意な何気ない一言でその方の心を

閉ざしたことが幾たびも有ります・・その度に何で・・こうも おしゃべり

なのかなぁ・・と反省しています。

昨日、妻と、黒澤明監督の名作「椿三十郎」1962年作」をみました。

られた方も居られるようですが ちんねん 感動しました。

真夜中の森の中。風に揺れる杉の木立の枝の間から朽ちた社殿が見え、

格子の向こうに明かりがついている。

中では若侍たち人目を避けるように集まり密談をしている。

一人の若者が仲間に語りかける。

「次席家老の汚職を城代家老の睦田に告げたが意見書を破られ

相手にされなかった」。失望の色を浮かべる青年たち。

だが「大目付の菊井さんに話してみると『共に立とう』と

答えてくれた」と続けると一転して場は喜びに沸く。この脳天気に

気勢を上げる若者たちの前に、奥の部屋からアクビをしながら流れ者の

浪人(三船敏郎)が現れる。謀議を聞かれたと緊張する一同に、

どこ吹く風のこの男はニヤニヤしながら「岡目八目、菊井のほう

こそ危ない」と独りごちる。その予想通り、実は悪家老の仲間であった

菊井の手勢に社殿が取り囲まれるも、この浪人の機転により若者たちは

虎口を脱する。自分たちの甘さを後悔する一同だが、あくまで信念を

曲げず命がけで巨悪にたち向かおうとする。頭の固い若侍たちに

一旦は匙を投げた浪人だが「死ぬも生きるも九人一緒だ」の悲壮な声

を聞くと、思わず「十人だっ。お前たちのやることは危なくて見ちゃい

られねえ」と怒鳴り、城下へ一緒に乗り込む。しかし、一枚上手の

悪党たちはすでに藩政を掌握し、世論を味方につけてしまっていた。

悪党一派との戦いの末に救出した城代家老の奥方と娘によると、ご本尊

の城代は敵の人質になっているという。

敵の目を欺くために馬小屋に隠れる、浪人と若者たちに助けてもらった

睦田夫人はお礼を述べた上で、 

馬草を背中に奥方が容赦なく人を斬るこの風来坊に「貴方はとっても

強いお方ですね。 何時も ぎらぎらと研ぎ澄まされて凄い人ですが!

名刀をむき出したまま、持っていられる・・・刀は名刀の鞘に収めていた

ほうが良いかと思います」と

人間同士が作る社会への希望が無いことをたしなめ、希望を持てば必ず

よい結果になると優しく語りかける。眩しそうに目を逸らしていた男だが、 

改めて夫人から名前を聞かれると困った様子になり私の名前ですか。

…つばき、椿三十郎。いや、もうそろそろ四十郎ですが」と冗談とも

本気ともつかない返事で空を見上げている。

つられて奥方、娘、若者たちも外を見上げると屋敷の塀越しに真っ赤な

ツバキ[2]が咲いていた…。

ちんねん 「貴方はとっても強いお方ですね。 何時も ぎらぎらと研ぎ澄まさ

れて凄い人ですが!

名刀をむき出したまま、持っていられる・・・刀は名刀の鞘に収めていた

ほうが良いかと思います」と う・・ぅう その通りです (^^♪

お・・っと いけない 調子にのってべらべらと 嫌われかねませんので

この辺で能書きは終わります (^_^;)

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